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颯斗の訴えを無視し、「すまない」と一言侘びを入れると、そのまま立ち上がった。
「……え?」
動揺している颯斗をこれ以上刺激しないように努めていたが、ムリだった。
下腹部も、理性も、なにもかも。
颯斗と出逢ってからは理性の男を貫き、最高の恋人になると深く自身へ誓ったはずなのに……。
龍ヶ崎翔琉、三十一歳。
ただいまより、獣になります。
いや、ならせてください。
心でそう断りを入れ、颯斗の両脇に手を差し込むと、そのまま脚元をすくうように早業で横抱きした。
「か、翔琉?! ちょ、っと! 口ゆすがなくていいんですか?」
焦る颯斗の問いを無視し、ずんずんとリビングの奥にあるベッドルームを大股で目指した。
「ねえ! 口のなか苦いでしょ! 戻ってうがいしましょう?」
発情したように目許をとろんと赤く染めながら、颯斗は手足をバタバタさせながら主張する。
まるで、活きのいい魚のようだ。
びちびちと腕の中で騒ぐかわいい恋人をおとなしくさせようと、翔琉は不意にちゅっとキス落として、口封じした。
「……っ!」
舌は入れていなかったが、自身の果てた証を少しでも感じ取ってしまったのだろう。
何ともいえない表情を瞬時に浮かべていた。
ぎっ、と涙目の愛おしい顔が翔琉を睨めつける。
色気と憤怒が交錯する颯斗の表情は、とても愛おしい。
だからもう一度、嫌がると分かっていてもちゅうをしてやる。
案の定、颯斗は恨めしそうな顔をして翔琉を見やった後、視線を大きくそらした。
翔琉は苦笑したが、いまそこに、いま腕の中に颯斗がいるという事実だけで、それすらも微笑ましく受け止められる。
颯斗のことが好きすぎる翔琉は、彼がどんな表情をしていても、どんな姿をしていても好きと思ってしまうから、どうしようもない。
傍に颯斗がいないとダメなのは自分のほうなのだ。
颯斗欠乏症、末期なのだと思う。
いつも渡米するたびに、いっそこのまま攫っていけたら。
攫って、二十四時間翔琉の傍に置いておけたら。
そう思いつめて、颯斗という「個」を尊重するならば、そんなことができるわけはないのだと理性の警鐘が鳴らして我に返らせてくれる。
だが、もはやそれも時間の問題だろう。
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