懐かしい声

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懐かしい声

暗い夜だった。辺りは闇で覆われ、その中で唯一まともにその闇を照らすものは妖しく光る月光のみだったほどに。道を行く人々のもつ蝋燭の頼りない微かな光が夜風に吹かれ揺らめいて、うっすらと顔や質素な細身のチュニックやウールのワンピースを柔らかに照らした。赤い煉瓦造りの街並み、石が均等に並べられた道。街のどれもこれも懐かしい生まれ故郷を彷彿とさせた。ここはどこだろうか。ふと周りを見渡してみれば、ベンチが目に入った。そこには一際目立つ金髪の少女がいた。夜の街並みは確かに美しいものだが、その少女は格別美しく吸血鬼ではないのかとも思った。古くから伝わる話によると、女の吸血鬼は目を見張る程の美貌を誇ると言われているらしい。目が少女と釘で討たれたように視線を少しもそらせない。なぜか彼女に懐かしさを覚えたが、気づけばこれが俗に言う"一目惚れ"というやつなのかと勝手に自己解釈をしていた。頬を僅かに赤らめた僕に少女は微笑む。 「こんな遅くに…どうしたのですか?」そう言って彼女は笑みを崩さなかった。引き込まれそうな美しさに、僕は今にもふらついて倒れそうだった。彼女を知っているはずなのに微塵も思い出せない。真実を見透かしそうな青い瞳は夏の爽やかで鮮やかな海を連想させ、それも僕の心を掴んだ。昔どこかで聞いたことのある声のような気がして少し寂しさを覚えた。 「君の名前は?」知らないうちに口が動いていた。無意識のうちに自分からも話しかけていたということに気がついて驚いた。 少女は口をほんの少しだけ開き名乗った。 『私はミア。』 ミア…ミアという名前には意味がある。女神の名前を短くして読んだ名前らしい。なんとも神秘的な名前だなと思った。 「なぜ君はここにいるの?」 「あなたを探してた。私を助けて」 話を遮り、必死そうに訴える彼女に何も言わないことにしたものの、少しばかり疑問を覚えた。 「それはどういう…」 なんの根拠もないはずなのにそう断言した彼女のことが少し気にかかった。 徐々に街やミアの姿が白くぼやけていった。わけも分からず纏う光に身を任せた。 街の姿が消える刹那、声が聞こえた気がした。とても弱々しい、悲しい声だった。 「私のこと、まだ愛してる?」
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