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「香那、少しだけ雰囲気が変わったね。私は、良い変化だと思うよ」
栞はそう言ってへらりと笑った。栞にしては、珍しい反応に思えた。私の変化に少し戸惑いながらも、喜んでくれているのかもしれない。
その日は、留学先の出来事や、栞の近況を聞いた。画像を何枚も見ながら、16歳離れた弟の暁くんの成長を聞くのはいつものこと。
漸くアルコールデビューした栞と、次は飲みに行く約束をしてその日は別れた。期間限定で、実家近くでできるアルバイトの面接があるそうだ。
栞が言う“私が思い描く幸せ”について、考えようとしてみた。
幸せって何とも難しい。
飛んでくる火の粉を払うとか、目の前の目標を達成するとか、そんなことの繰り返しで過ごしてきたから。
長期的な目標は、英語とフランス語と他の幾つかの言語を習得すること。私の視線は、いつでもここでは無いどこかに注がれていた気がする。
唯一、智也と栞と陽平といる時だけが、寛げる時間だった。後は、弱みを見せないように、つかず離れず。
母にすら、そんな風に接していたのかもしれない。母は強く厳しかったけれど、私に対する遠慮や申し訳なさを感じさせたから。それは、どうしたって、私も母に対して感じてしまう感情だった。
私さえ、いなければ。
私が、この選択をしなければ。
私と母の思いは、表裏のように常に一緒にあるのかもしれない。
私がいてもいい居場所があることが、ほっとする。
強いて言うなら、それが私の幸せだった。
栞が言う幸せは、もっと積極的にということだよね?そんなの、想像すらしたことがない。
それは、陳君への答えになるんだろうか?
いずれにしろ、と思う。
私の迷いの根底にあるのは、自分の出自なんだと思い当たった。
聞いてみよう。
母と父、それぞれに。
このままでは、私はどこにも向かえない。
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