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彼と私は、メールのアドレスだけ交換していた。今朝、長い文面の英文のメールが届いているのに気付いた。
日付は一昨日。携帯ではじれったくて、タブレットで確認した。誠実な彼の、迷いや思いが分かる文面だった。
一つだけ、香那に言っていないことがあった。香那と入ったレストランで食べたのは、ヴィーガン料理だ。
僕は中国の少数民族の出身で、ある宗教を信仰している。僕にとってはなんの変哲もない、当たり前のようなことだけれど、香那にとっては驚くような習慣もあるかもしれない。そして、国費で学ぶ僕は、大学卒業と同時に国に帰ることになる。それは、伝えておこうと思った。
正直なところ、未来の約束はできない。未来の約束を香那にするのは、あまりにもいい加減で無責任な気がするから。でも、未来がわからないからと言って、香那を諦めることもできなかった。あの6週間は、僕にとってそういうことを考える時間だった。
カナダは民族、文化、宗教に寛容な国だから、本国にいる時以上に僕は自由だ。そんなとき、香那に出会った。
初めて話した日、香那がドアを開けて、僕の隣に座るまでの時間をどう感じていたか。香那はきっと知らないだろう。
永遠かと思うくらい長く、それなのに瞬きくらいに短く感じた。
香那に会うために、僕はここに来たんじゃないかと思うくらいに、特別な瞬間だった。香那と話したくて、思い浮かんだことを次々と口にしたのはそんなわけだ。衝動的だったけれど、僕の思いを伝えたかったんだ。
同じクラスで授業を受けたり、学生とディスカッションしたり、街にでかけたり。香那を知れば知るほど、思いは深くなった。
語学研修を終えたら、香那も大学で研究するものだとばかり僕は思っていた。香那は賢い上に、努力家だ。この大学の編入制度は無いに等しいから、少なくとも4年は一緒にいられると思い込んでいた。
でも、香那はたった1年で日本に戻ってしまう。あと1年しかチャンスがないから、一旦帰国する前にこの思いを伝えることにした。
香那が、あの日僕を拒絶しなかったことで僕の気持ちを受け入れてくれた、と思ってはいない。きっと香那の心には、誰かがまだいるんだろう。それも、日本に帰ってはっきりさせて来ればいい。もし、はっきりさせることができなかったら、それも教えてほしい。僕には僕なりの覚悟があるから。
ただし、このメールに対する返信はいらない。返事は顔を見て聞きたい。それなら、僕はどんな返答でも受け入れられるから。
何の関係もないメールは大歓迎だよ。香那の日常や日本のことなら、どんどん知らせて。もちろん、カナダの様子やニュースの問い合わせもOK!
僕の目標は必ず達成する。その瞬間も、その過程も僕は香那にそばにいてほしい。
9月にまた会えることを楽しみにしている。では、それまでお元気で。
愛を込めて 陳偉
メールは、そう結ばれていた。
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