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「それなら、場所を変えよう。香那が買って来てくれたお土産も味わいたいしな」  話していたのは、ホテルのラウンジだった。父は誰かに電話した。 「私だ。『郷』の個室を手配してくれないか。準備でき次第知らせてほしい。今はラウンジだが、娘と一緒にいる。あー……助かる。連絡はメッセージでかまわない。頼む」  コーヒーを飲みながら、聞いていない振りを装う。相手は秘書かな。 「成人式も出ていないんだよな?着物を贈ろうかと相談すれば、断られてしまった」 「出発が1月上旬だったから。それに、着物はそんなに着る機会もないから、必要ないです」 「何も…私にはできないから、せめてお金だけでも使わせてくれないか」 「もう十分です。留学の費用も支払ってもらったから。それよりも、私は本当のことを知りたい。断片的に繋ぎ合わせて想像するんじゃなくて、それぞれの口から、起きたことや感じたことを聞きたい」   「お母さん…からは聞いたのか?」 「断片的には。でも、きちんと話を聞く予定なの。お父さんとはそんなに会えないから。この機会に聞いておこうと思って」  父はちらりとスマホに目をやった。 「わかった…部屋の用意ができたそうだ。行こう。ここの一番上の階だ」  相手は父だ。でも、普段一緒にいるわけではないから、密室で二人きりなるのは少し抵抗がある。躊躇いを見せると、やはり父は寂しそうに笑った。 「幾ら若い頃の凪沙にそっくりだからと言って、娘に警戒されるとはな。大丈夫だ。節操も常識もある」  父は、慣れた足取りでホテル内を歩く。いつの間にかそばに来ていたホテルマンが一礼して、エレベーターに一緒に乗り込み、レストランの個室に案内してくれた。 「娘のカナダ留学のお土産なんだ。これで料理を頼む。こっちは…ロックにしてほしい」  こんな風に人と話すのかと、改めて暮らす世界の違いを知る。 「香那は果実酒なら飲めるか?」 「はい。少しなら」  本当は嘘。結構飲める。 「好きなものを選ぶといい」  さっとメニューに目を通して、私はサンザシのお酒にした。 「飲み方はどうなさいますか?」  そう尋ねられて、ついいつもの調子で答えてしまった。 「ロックで!っ…お願いします」  父が笑いをこらえているのをちらと見てしまった。ホテルマンが部屋を出てから、父が言った。 「凪沙も酒は強かったからな」  どうして今まで、私は意識しなかったのだろう?父の名は海渡“いと”という。母の名は“ぎさ“  私の香那という名をつけたのは、誰? 
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