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当たり障りの無いやりとりをしばらくしていると、ノックの音がした。丁寧だけれど会話を邪魔しない所作で飲み物と料理を置いて、ホテルマンは退室した。
「香那は何が聞きたい?」
「二人のこと。それから、私が生まれる前後のこと。母が一人で育ててくれたのに、帯刀を名乗る理由。私は何も知らない。私自身のことなのに」
「もう、大人だな。もう少し大人になったら、なんて思っているうちに。知らせないことで、また傷付けてしまった」
ため息をつくように、言葉を漏らした後、父は語り始めた。
「私たちは学生の頃出会った。大学は別だったけれど、留学生や企業派遣の外国人家族を支えるボランティアを通じて、知り合ったんだ。凪沙は、私にも私の取り巻きにもフラットに接する人だった。取り巻きって、本当にいるんだよ。何か恩恵があると思うのか、常にそばにいる人達。こちらが信用していないことに気付いているのに、離れようとしないんだ。似たような人間は幾らでも受け容れるのに、そうじゃない人を弾くんだ。
私は当時、今よりもっと鼻持ちならないやつだった。ちやほやされるのは嫌なのに、その他大勢の扱いをされるなんてことも我慢ならなかった。だから、私を特別視しない凪沙につっけんどんな態度をとったりしてね。
でも、惹かれたんだ。
自分の意志を曲げずに、意見を交わす強さも、誰にでも平等に優しく接する温かさにも。
私の取り巻きから、凪沙は色々吹き込まれたり、嫌がらせを受けたりしたみたいだ。彼女は何も言わないから、あの当時も今も、確かなことは分からないけど。
それでも、凪沙は受け入れてくれたんだ。一緒に過ごした2年間は、…本当に鮮やかに記憶に残っている。
それなのに、付き合い始めも、付き合ってからも、自分を取り囲む環境を結局私は甘く見ていたんだな。結婚は家族だけの問題だと考えて、彼女を守れると思っていた。
両親の気持ちが変われば、結婚を認めて貰えるだろうと思った。ただ単に、凪沙を早く自分の元に置きたいという気持ちもあって、子どもを望んだんだ。彼女が希望する仕事に就いたばかりなのに、我が儘を言ってね。
妊娠2か月だと分かって、すぐに凪沙を連れて結婚を認めて貰うために両親に会いに行った。両親は認めてくれず、堕胎を彼女に迫った。それまで業務上私にしてくれていた指示もアドバイスも父は一切しなくなった。父親の協力が無ければ、あの当時私は会社をまともに運営することすら出来なかった。私は、自分の立場を守るために仕事に没頭した。一番守らなければいけない、彼女を放ったまま。私は仕事に没頭することで、色々な選択から逃れようとしたんだ。それに彼女は気付いたんだろう。
それから1か月ほど、多忙な日が続いた。彼女と一緒に暮らしていた部屋に、数日帰らなかったことがあった。その間に、子どもを流産してしまったと書き残して、彼女は私の前から消えてしまった。私が凪沙に贈ったものは何一つ持たず、僅かな荷物だけを持って。
諦めきれずに人を使って調べたけれど、見つけることすら出来なかった。」
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