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「数年たっても、凪沙を探すことはできなかった。私が30を過ぎた頃には、もう凪沙は他の誰かと幸せになっているんだろうと思った。父が会長に退いて、私が社長になる前に家庭を持つように言われた。相手が凪沙じゃないなら、正直なところ誰が相手でも同じだと思っていた。  あまりにも申し訳なくて、心から愛した女性を私は忘れられないけれど、それでも良いかと結婚する前に、妻に尋ねたんだ。「正直な人」と言って、妻は笑っていたよ。その後、父の言うままに、私の思いを知っても拒まなかった妻と結婚したんだ。  結婚してからも、凪沙の消息は追っていたんだ。どうしても、会って話がしたくて。ある時、実家のお母さんが入院したという知らせを聞いた。彼女なら帰ってくるだろうと思って、調べさせていたんだ。  結婚して、子供までいるのにおかしいだろ?そこまでするなら、待っていれば良かったのに、何もかも中途半端だ。結局、私は香那と凪沙を裏切り、妻のことも傷付けている。  二人の写真を見てすぐに分かった。香那が私の子だということ。年齢も顔立ちも間違いないと思った。私の前からいなくなった彼女が、どんな思いで産み育てたのか。何度話をしようとしても、彼女は何も話してはくれない。  名前は、一緒にいる間に決めていた。男の子だったら“かなた”、女の子だったら“かな”。生まれたときに顔を見て漢字は当てようって、あれこれ考えていた。  香那の名前を聞いたとき、気が狂うかと思った。  あれほど、後悔したことは無い。自分という人間を許しがたいと思ったこともない。  でも、言い訳のしようも無い。  相手が凪沙で無いなら、誰でも変わらないと言って結婚した私を、妻は心から大切にしてくれる。妻も、生まれた息子も今ではとても大切なんだ。  私が香那と対面してから、妻に香那の存在を伝え、認知することを認めて貰った。こんな言い方をするのはどうかと思うが、香那と凪沙に今の私に出来ることは金銭的な援助しか無い。  帯刀姓を名乗ることにして貰ったのは、帯刀家の事情だ。息子は決して体が丈夫では無い。万が一、何かあったとき身内がいてほしいという私たちの総意だ。  凪沙は良しとしなかったが、香那の結婚の自由を認めてくれるならそれで構わないと言ってくれた。私は約束を守るという証書を書いたよ。  しかし、凪沙と香那を、帯刀家の事情で振り回したのは私自身だ。」  
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