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あとは、お母さん。
なかなか手強いな。誰のことも悪く言わず、たった一人で私のことを育てたお母さん。
時折話してくれることを繋ぎ合わせて考えていたけれど、私は二人の関係を誤解をしていた。
私は祖父母の嫌がらせに耐えられず、二人が別れたのだと思っていた。だから、母は申し訳なさから父に会わないのだと。
でも違う。本当の思いや過去の事実を伝えたら、きっと更に父が自分を責めることになる。だから、母は頑なに話をしないし、会わないんだ。
「お父さんに会って、お土産を渡してきた」
「そう。元気だった?」
ちっとも表情が変わらない。すごいな、お母さん。
「うん。たぶん。でも、もう会わないことにした」
母は一瞬息を飲んだ。
「…何か、あったの?」
「何も。私がそうしよっかなって」
「あの人はなんて?」
「それには、何も言わなかった」
「そう」
「お母さんと私はよく似てるって。20年も昔のこととは思えなくなるって言ってた」
「だから、もう会わないの?」
「そうした方が良いでしょ?」
「それが香那のためならね」
「お母さんはもう、恋愛も結婚もしないの?」
「とうとう聞いてきたか」
「聞いてよかったの?」
「今までだって、香那が尋ねたことにはちゃんと答えてきたでしょ?隠すことは何もないから。まあ、人を悪く言うのがどうかと思って言わないこともあったけど」
恐らく祖父母のことだろう。
「私はそんなに強くないわよ。あ、じゃあ、今日は飲んじゃう?お酒でもないと話せないかもしれない。恥ずかしくて」
「おんなじだ。お父さんと」
母は吹き出した。
「相変わらずなのね。悪い人じゃないの。優し過ぎて、人に強く出られないのよ。仕事ではそうもいかないから虚勢を張って、乗りきるんだろうけど」
「よく知ってるんだ」
「昔のことはね。ただ、人はそんなには変われないから、きっとそうだろうなって。」
母はすぐに冷蔵庫から肴になりそうな作りおきの惣菜を出し、ビールを二つのグラスに注いだ。乾杯の仕草をして、半分ほど飲んでから母は言った。
「・・・私、付き合ってた人いたわよ?知らなかった?」
「え?いつ?」
「香那が小学生の頃。日本に戻ってきた少し後」
「そうなんだ。知らなかった」
「あの人と再会するまでは、そんな気持ちにはなれなかった。香那が初めてお父さんに会った後暫くしてから。付き合ったのは、年下の人でね。最初は断っていたけど、とても真剣に接してくれてた」
「もう終わったってことなんでしょ?何で別れたの?」
「・・・私が、どうしてもあなたのお父さん以上に誰かを好きになることが出来なかったから、かな?」
私は何も言えなかった。
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