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いやいや。泣くわけが無い。この私が。
そう思ったのに、頬を伝うのはたぶん涙だ。涙が出る理由なんて、見当もつかない。
“前から思ってた。私、あなたといると無防備になるって”
彼は本当に嬉しそうに微笑んだ。
“香那。明日、大叔母さんに会いに行こう。僕は交際をスタートするための挨拶をしたい。本当はご両親に会いたいけれど、それは難しいから”
父には会えないけどね。
その話は、また後で伝えよう。
“一応連絡してみる。都合が悪かったらまた今度ね”
“うん。でも、なるべく早く”
“ごめん。陳威。やっぱり、外は寒い”
“OK。地下街に行こう。できたら…”
彼が早口で言った中国語が聞き取れてしまった。
“好的(いいよ)”
“真的?假的?”
“真的!!”
彼は、小さな声で“香那の部屋に行きたい”と言った。今まで言われたことはない。アパートの場所すら明確に知らないはずだ。しばらく、恥ずかしさに私は口が利けなかった。そんな私の手を、隣を歩いていた彼が握ってくれた。
“頑張ってOKしてくれたんでしょ?香那が軽い子だなんて思わない。もう少し話がしたいだけ。一緒に過ごしたいだけなんだ”
私は俯いたまま、彼には分かるように頷いて見せた。彼のため息が聞こえた。何だろう?呆れさせたかな?
“香那、かわいすぎ”
はあ?
彼を甘く見ていたかもしれない。もしかしたら、天然の女たらしかも。
歩いて7、8分のところに私の住むアパートがある。1年だけだから物はそれほど多くはない。こだわったのはファブリックと間接照明だけ。最低限の家電と、ベッドとデスクと鏡くらいしかない。
“香那、なんでもいいんだけど床に敷いても構わない布はある?”
“あるよ”
掃除が楽になるから使わなくなった、小さなラグがある。クローゼットから出してこれで良いか尋ねた。
“ありがとう。ちょうどいい。次の礼拝で使わせてもらっていい?”
“もちろん”
窓辺にある、備え付けの収納付きのベンチに二人並んで座ってお互いのことをたくさん伝えあった。
途中彼の携帯がまた鳴って、彼は礼拝の準備を始めた。
“同じ信仰を持たない人の前で礼拝をするのは初めてだ”
真剣な面持ちで身支度を整え、身を清めた彼はお祈りを始めた。何も知らないけれど、敬虔な気持ちで彼の姿を見ていた。
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