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数十分後、彼は真っ赤なバラの花束を持って現れた。
“香那に、プレゼント”
“ありがとう。とても嬉しい”
私が部屋に入るように促すと、彼は数歩足を踏み入れてから私の顔を覗き込んだ。
“今日はこの後ずっと一緒に過ごしてもいい?”
“時々そうしてるじゃない。明日は授業が無いから、あなたが困らないなら構わないよ”
私がそう答えると、彼は困ったような表情をした。
“どうしたの?”
“香那は僕が恋人で満足している?”
“どうしてそんなこと?私はとても穏やかで幸せな気持ちで過ごしてる。それはあなたのおかげだよ?”
“もっと安心する方法があることを、香那は知ってるのに”
私を見つめる目も、私の腕を掴む力も、いつもよりずっと強くて、私はやっぱり胸が苦しくなった。
“花を活けさせて?”
私が言うと、彼はいつも通り紳士的に接してくれた。花瓶を持っていなかった私は、ブリキの小物入れにバラの花を活けてテーブルに置いた。
“きれいだね。ありがとう。陳威、私は今のままで十分だよ?”
“僕たちの世界では結婚するまで、こんな風に二人きりで過ごすことはまず無い。キスもハグも、したことがなかった。家族以外に肌を見せたことも無い”
それは理解してる。だから、私とこうして過ごしていることは、彼の特別な愛情だと私は受け止めている。これ以上、何も望んではいなかった。
“こんなふうに触れるのは、僕が中途半端な気持ちだからだと思ってない?”
それを心配してたのか。
これってすごいことなんだ。
このくらいって言ったら、私はさぞふしだらな女だと思われるだろう。
日本の男性で1ヶ月以上添い寝を続けて手を出さない人なんて、そうそういないんじゃ無いかと思う。私は彼が優しく触れてくれることにも、それ以上踏み込まないことにも、何の不安も感じること無く過ごしていた。
そして彼は、他の習慣があることを理解して、私が物足りなく思ったり不安になったりしないか心配してる。
私は、なんて幸せなんだろう。
“最近の僕はおかしいんだ。香那のことを僕よりもっと知っている人がいたことが悔しくて、悲しくて仕方ない。こんな感情は知らなかった”
彼の思いが一つの方向に向いているのを感じた。彼は恐れながら、私にもっと触れたがってる。
でも、それは彼を苦しめないのかな?
そして、私はどうなんだろう?
望んでるのかな?
陳威と体の関係をもつ可能性がないことに、本当は安心してたんじゃないだろうか?
過去をまだ引きずっていて。
“香那なら、未来のために今を耐えるのと、今を大事にして、未来を諦めるのとどちらを選ぶ?”
それほどに重要なことなんだ。
私は、考える前に彼を見つめながら口にしていた。
“今も、未来も諦めない。どちらも、あなたと一緒にいたい”
彼の黒目がちの瞳が、大きく見開かれた。
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