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 以前、似たような状況になったとき、その場のノリで「私は募集中なのに、なんでいい男がいないんだろ?」と口にしたことがあった。別に彼なんて欲しくないけど。    その時、陽平に言われた。 「それなら、一人しかいないんじゃないか?」  陽平に悪気が無いのは知っている。それが誰のことを指しているかなんて聞かなくたって分かる。たぶん、目を見開いてしまったんだと思うけど、陽平を鬼か何かをみたような怯えた表情にさせてしまった。  ちょっと申し訳なく思ったから、今はもう動じることもない。智也の話題が出ても、私の表情もやりとりも変わることは無いように振る舞う。胸はきりきりと痛むけど。  遠く離れた場所で、智也は人恋しくなって誰かを求めてしまうだろう。あんなにいつも一緒にいたから、きっと智也は寂しさに耐えられなくなる。それを許すには思いが強すぎて。守り切るには幼くて。  私にだって、同じ事が起きるかもしれない。  だから、別れを選んだ。  そんな気持ちの弱さで、私たちの関係を台無しにしたくなかっただけ。  私は、智也のことが本当に好きだった。  最初で最後の、一緒に過ごした旅行のことを時々思い出す。  試験の発表と卒業式が終わり、4人で卒業旅行をした。小学校は別々だった4人で、遠足の定番コースの鎌倉に出掛けた。ずっとこんな時間が続けば良いのに、と思うくらい笑い続けていた。親には男女で別れて泊まると嘘をついた。でも、最初から別れ話をするつもりだったから、チェックインしてすぐに二手に分かれた。帰りも別々にすると栞に伝えて。 「智也とは、もう会わない。今日でおしまいにする」  そう告げたときの智也の表情は、今まで見たことも無かった。驚愕ってこのことを言うんだな、って頭のどこかが冷静だった。 「嘘だろ?だって、俺、離れても変わらない。昔も今も、これからもずっと香那のことが好きだから。別れる理由なんて無いじゃん」 「私も智也のことが好きだよ。だから、決めたの。離れたらきっと、うまくいかなくなる。智也とのことが、ダメになるのが嫌なの。お互いに好きなままで、終わらせたいの」 「うまくいかないなんて、決めつけるなよ」 「うまくいく保証だって、ないでしょ?」  夜まで、話は平行線だった。 「智也が別れないって言っても、私は別れる。もう、何も制限しない」 「制限って?」 「他の男の人に連絡先教えたり、二人で会ったり。今までしたことはなかった。陽平は別だけど」 「・・・」  智也はしてた。女の子はそうじゃないけど、智也は友達のつもりで。 「香那が嫌なら、そんなこともうしない」 「いいの。私は、そうやっていろんな人に慕われる智也が好きだから。私は、勝手にそうしてただけ。でもね、離れたら寂しくなるんだよ?誰も知り合いがいないところに行くんだもの。智也のそんな気持ちに入り込んでくる人だっているんだよ?」 「今まで通り、俺がなびかなきゃいいだけだ」  ほら、顔を赤くして怒ってる。んなわけあるか!って。  でもね。私にはわかるんだ。寂しくて、人に寄りかかりたくなる気持ちも。智也がそうなって、苦しむことになるのも。 「もう、いい。・・・最後だから抱いて?」 「最後にするくらいなら、しなくていい。しない」  智也も頑なだった。 「じゃあ、このままお別れだね?」 「ホントに、俺たち・・・別れるの?」  立ち上がった私をベッドに腰掛けたまま見上げる智也は、迷子になった子どもみたいに見えた。思わず智也の頭を胸に抱き寄せて、髪の毛に触れた。智也が私の背中に腕を回す。 「触れたら、離せなくなる」 「今日、智也が触れてくれた体を私は大事にする」 「まじかよ。嘘だろ」  まだ混乱してる智也に、私はキスをした。  朝まで何度も抱き合った。  チェックアウトの時間を過ぎて、それを知らせるフロントからの内線で目覚めた。二人とも泣きすぎて目元が腫れたまま。  チェックインの時、一人5000円ずつ支払い、残りは父が支払うことになっていた。心苦しさはあったけれど、一時間延長して最後にもう一度話をしてからホテルを出た。帰りは別々に帰ることにした。 「納得は出来ないし、香那を諦めることも出来ない。だけど、香那が望むなら別れる・・・しかないか」  それが、智也の答えだった。
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