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そう伝えると、彼は目を潤ませて私の名前を呼んだ。
“香那、香那”
初めて呼ばれた中国語の私の名前は、なぜかとても甘やかに響いた。
“もう、お腹いっぱい?”
“うん。どれもおいしかった”
私は「ごちそうさま」と言って手を合わせた。
“いいね。『ごちそうさま』って。言われると嬉しくなる。夜の礼拝まであと少しだから、待ってて?”
“私がやる。陳威は、準備をして?”
“香那はドレスアップしてるからダメ”
陳威は、慣れた手つきで食器類を片付けてから、礼拝の準備を始めた。
私は、真摯に祈りを捧げる彼の姿に見入っていた。
いつか、彼と共に生きることになれば、私もこんな風に祈りを捧げるんだろう。
彼の幸せを祈るために。
“香那”
また、彼は母国の発音で私を呼んだ。
“你是我最爱的人”(一番大切な人だ)
涙が込み上げそうになると、彼は私を抱き上げてベッドまで運んだ。
“能遇見你真好”(会えて良かった)
彼は、私を上から見下ろしたまま言ってくれた。陳威の大きな瞳が光るように見える。私は手を伸ばして、彼の唇に指先で触れた。
”私も。ねぇ、なんで中国語なの?”
“大切なことだから。ね、香那にまた触れたい。いいかな?”
どう言ったら、伝わるかな?
“私も同じ気持ちだったよ?”
英語で伝えた後、私は久しぶりに挨拶以外の日本語を口にした。
「あなたに会えて良かった。大好き」
陳威は微笑んで、私に触れるだけのキスをした。
すぐに噛むような深いキスに変わる。ドレスの衣擦れすら、感覚を深めさせる。
次のお祈りは朝。
私たちは、何度も愛し合った。
離れても変わらない。一緒に居られる今を大切にしよう。
そう伝え合いながら。
1日1日を大切に過ごしたけれど、あっという間に7月。
とうとう私の帰国の日が、近付いてしまった。
私がアパートを引き払った後は、
数日ホテルに泊まってずっと二人で過ごした。彼から贈られたドレスを身に纏った私を、彼は何度も抱いた。
“僕たちなら、距離にも会えない時間にも負けないよ?”
そう伝えてくれた。私も、そう信じた。大丈夫。陳威が学生の間に、私が望む仕事につけば一緒にいられる方法が探せるはず。
来年の夏には、私がカナダに会いに行くことも決めた。それまで、お互い頑張ろうって励ましあっていた。
カナダにいたときも帰国してからも、ズームで母を紹介したし、栞にも彼のことを伝えた。
そうやって、守っていけると思っていた。
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