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カナダに来て、最初の一週間が過ぎた。私と同じように、長期の留学前に短期でやって来る人は意外に多かった。
国も人種も様々。国費の人、私費の人。事情も色々だ。
10人程度入る教室が幾つかあって、習熟度別クラスになっている。
最初の授業の時、見渡したところ日本人はいないみたいでほっとした。私は英語とフランス語の上達のために来たから、変な労力を使わずに済む。
前の方に一つだけ空いている席についた。どうせなら、最前列がいい。
ただ、隣に座っている男性を見て、少し悩んだ。日本人ではないよね?
うまく言えないけど、服装や雰囲気が少し違う。
“韓国人?”
考えていると、向こうから癖のない英語で話しかけられた。
“違う”
私はそれ以上口にしなかった。聞かれたら答えるけど、不用意に個人情報を発信する習慣はない。ここでは、自分の身は自分で守らないと。
“中国人じゃないし、日本人か?”
“そう”
イエスかノーで答える質問には、面接やレッスンでもなければ、それ以上は答えたくない。
でも、ちょっとだけ気になった。
“あなたはどこから来たの?”
“そう聞けば良かったか”
少し笑った表情は、さっきからの不躾な印象を払拭するのに十分で、寧ろ好印象さえ感じた。
“中国の黒竜江省から来たんだ”
“そう。よろしく”
私はテキストを開いて、授業に備えようとした。
“さっきはごめん。つい焦って失礼な聞き方になった”
“焦った?”
“そう。早く話しかけたかったから”
私は、彼の黒目がちな大きな瞳を見返した。軽い印象はない。このクラスにいるから、英語力に課題があってこんな物言いをしているわけでもないだろう。
自意識過剰だと思われてもいい。釘は刺しておこう。
“今回も、次回の長期留学も私費なの。学ぶために来たから、余計なことをする暇はないの”
「わかった。ところで、中国語には興味はないかい?」
突然の日本語に目を見張った。独特の言葉遣いや発音のクセはあるけど、話し言葉で話せるのはかなりレベルが高いと思う。
「無いわけではない。何十億の人と話せるようになるから。それより、なんで日本語が話せるの?」
「勉強したから」
「あなたは、何か国語話せるの?」
「北京語、広東語、英語、日本語とフランス語は少しだけ」
「すごいね」
「もっと話せるようになりたい。法廷通訳になりたいんだ」
ちょっとだけ感心してしまった。だからと言って警戒は解けない。
「日本語を忘れないように、時々話しかけていいか?」
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