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2.異変
二度寝から目をさましてからのこと。狐乃音は叫んだ。
「うきゅーーーーー!」
「狐乃音ちゃん、どうしたの?」
「きゅ! うきゅ! きゅぅぅ!」
狐乃音はお兄さんに向かって必死に訴えている。けれど、なぜか言葉が出てこないようだ。
お兄さんは機転を利かせて、ボールペンとスケッチブックを狐乃音に持たせてくれた。
『わたし、しゃべれなくなっちゃいました!』
動揺しまくっているのか、ふにゃふにゃの文字。
「そうなんだ。風邪でも引いたのかな?」
狐乃音はぶんぶんと頭を振る。
喉が枯れて痛いわけでもないし頭痛もない。発熱もなければ、咳が出ることもなく、鼻水も大丈夫。お腹も痛くないし吐き気なんかもない。
この感じは違う。風邪ではない、何かおかしな事が起きている。狐乃音は本能的にそれを悟った。
「きゅ……きゅぅ! きゅ! きゅ!」
必死に言葉を出そうとしても、可愛らしい小動物のような声しか出てこない。
「うきゅ~~~!」
何度試しても同じだった。
「……」
やがて狐乃音はしゃべるのを諦めたのか、ぽろぽろと涙をこぼしながら、巫女装束の胸元から風呂敷を取り出していた。緑色で唐草模様という、泥棒が背負っていそうな古風なやつを。
「狐乃音ちゃん?」
そしていそいそと、荷物を包み始めた。
「何をしているの?」
お兄さんにそう問われて、狐乃音はひくっぐしゅっとしゃくり上げながら、思いを伝える。
『これいじょう、お兄さんにめいわくをおかけすることは、できません』
スケッチブックにさらさらと文字を書いていく。
真面目な狐乃音は、お兄さんの負担になってしまうことを避けたかったのだ。長らく居候させてもらっていたけれど、もはや出て行くしかないという結論を導き出した。
『いままでほんとうに、おせわになりました。このごおんはいっしょうわすれみゃ……』
「だめっ!」
「きゅっ!?」
いつになく強い口調で、お兄さんが叫んだ。
「いなくなっちゃだめだよ!」
(で、でも……でも)
お兄さんは狐乃音をキュッと抱きしめた。
「僕はね。狐乃音ちゃんと一緒にいられて、毎日が本当に楽しいんだ。……いなくなっちゃ嫌だよ。迷惑だなんて思わないで」
「きゅぅぅ……」
狐乃音は戸惑いながらペンを手に取って、素直な思いをしたためる。
『ここにいさせてもらっても、いいのですか?』
ポタポタと涙がこぼれてスケッチブックを濡らす。
「勿論だよ。ずっと、僕の側にいて」
ありがとうございましゅと、狐乃音は書いた。最後の方は筆圧がめちゃくちゃになっていた。
二人はしばらくそのまま、抱きしめ合ったのだった。
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