走光性

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 舞台の始まりは、1人の男子生徒の独白だった。  虐げられた自分の日常を嘆くその声は、猫背気味の華奢な体から発せられているとは思えないほど低く響いた。その気迫にじっとりと手のひらに汗をかく。  すると、舞台袖から数人の生徒が姿を現した。どこか軽い雰囲気を纏う彼らの中に、朝に見た男性の姿があった。  あ、と自然と目を惹かれる。その人は一歩引いた場所から猫背気味の青年を揶揄するように乱雑な言葉をひとつふたつ投げ込んだ後、スマートフォンの画面を向けて嘲笑うような顔を見せた。  よくあるいじめの風景だ。虐げられる人と、自分の享楽のためだけに石を投げる人。いじめられている側の青年は、耐えるように体を丸めてその場に蹲っている。顔こそあまり見えないというのに、時々発せられるうめき声のような短い言葉と、呼吸のたびに大きく上下する背中が、遠目からでも痛々しい息遣いを彷彿とさせた。  いじめの首謀者である青年たちが舞台袖にはける。すると、ひとり舞台に残された青年に再びスポットライトが浴びせられた。青年はボロボロの体を引きずるようになんとか立ち上がり、蹲る中必死に胸の前に抱えて守っていた一冊のノートを開いて内容を読み上げる。  そこに書かれていたのは彼が今まで浴びせられた罵詈雑言の数々だった。日記のように綴られた痛々しい記録の中で「あいつらさえ居なければ」というセリフに差し掛かると、ふとページを捲る手を止めた。  一呼吸分訪れた静寂に自然と意識が惹きつけられる。するとその青年は「そうだ」と冷たく呟き、ノートの一番後ろのページを開く。そして胸ポケットに手を伸ばしたところで鋭い音と共に照明が落とされた。  再び照明がついた時には、青年の表情は別人のように豹変していた。いじめを行っていたクラスメイト一人一人の元に赴き、胸ポケットから取り出したナイフを振り翳して復讐を遂げる。「許して」と懇願するクラスメイトの口を無理やり塞ぐその怨嗟が渦巻く狂気に、自然と体が強張った。  やがて全ての本懐を遂げた青年が再び舞台の中央に立つ。その独白を最後に、舞台は幕引きとなった。
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