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エピローグ:半死半妖
翌日。おれは家に帰るなり、たおれるようにして眠ってしまった。きもだめしで不思議な声を聞いたことをきっかけに、いろいろなことがあったような気がするけれど、これはぜんぶ一夜のできごと。そのうえ死にかけたのだから、疲れきっていてもおかしくなかった。
■
がけから落ちたあのとき、おれたちを包みこむように巻き起こった暴風によって、地面にたたきつけられることだけはまぬがれた。着地に失敗してうでを少しだけすりむいたが、智里は無傷だったようなのでよしとしておこう。
智里はそのまま気を失ってしまった。目を覚ましたら、変化のことをどうにかごまかさないといけないと思っていると、朝陽さんが、
「大丈夫、任せて。」
と、力強くうけおってくれた。どうするのかと聞くと、
「夢だったということにしておこう。」
という、力強くうけおってくれたわりにはふわっとした作戦だった。ほんとにそんなんでいいのだろうかとも思ったけれど、朝陽さんいわく、
「智里はよく寝ぼけていることがあるから、夢だったと思うだろう。」
とのことだった。
結局、「朝陽さんはここにはきていないし、おれもずっとテントで眠っていた」ということにして、口裏を合わせることにした。紫と望月のことは、声は聞こえていたようだけど見えてはいないはずだから、特に気にしない。いいかげんなようだけど、姉である朝陽さんが言うのだから、それで大丈夫なのだろう。……がけから落ちたし、夢というには衝撃体験すぎるような気がするけど。まあ、たぶん、きっと。
そんなわけで、朝陽さんは妹に見つからないよう、さっさと帰っていった。どうやってここまできたのかと思ったら、バイクできていたらしい。キャンプ場の駐車場ではなく、神社から少しくだったあたりにかくすようにして停めてあった。
わら人形やら五寸釘打ちこみ音を流すセンサーやらスピーカーやらは残したままなので、
「また来る。」
と、望月に告げ、キャンプ道具を器用に積んだバイクで走り去った。
■
望月は、朝陽さんを見送ったあと、御神木の山桜に帰っていった。
あの山桜はもう限界だと、望月自身が言っていた。紫が、これからどうするのかと問うと、
「そうだな……旅に出るのもいいかもしれん。だが、あの山桜が朽ちたとしても、おれはここが気に入っている。しばらくは、ここにとどまるさ。」
と答えた。そして、
「まきこんでしまい、すまなかった。だが、助かった。桜守に会うことはかなわなかったが、そのひ孫に会うことができ、山桜の在りし日の姿を彼女に見せることができた。おれひとりでは、なにもできなかっただろう。感謝している。」
と、お礼を言い残して、帰っていった。
■
そして、紫はというと。
「さっきまで死にかけてたキミじゃ、この子、運べないでしょ。」
と言って、智里を背負い、キャンプ場まで運んでくれた。紫の言うとおり、からだはまだ本調子ではなかったので助かった。
並んで歩きながら、がけから落ちたときのことを聞いてみる。
「紫、さっきの風はなんだったの?」
「あれはキミ自身がやったのよ。」
もしかしたらそうかもしれないと思ってはいたけれど、やっぱりそうか。
「あれもきつねの力?」
「いいえ。言わなかったんだけど、実は、封印はふたつあったの。ひとつはきつねの力が封じられてるってすぐにわかったんだけど、もうひとつがなんなのかわからなくて。危ないものだったら困るし、きつねだけでもじゅうぶんだったから、そっちはそのままにしておいたのよね。それがさっき落ちたときに、解けちゃったみたい。あの風はその力よ。」
ちなみに、ポケットに入れていた智里のおまもり(というかお札)は、いつのまにか、どうしたらこんな風になるのだろうと思うような破れかたでバラバラになっていた。あのとき聞いた気がする紙が破れるような音の正体がこれだったのか、そうでないのかはわからない。
「きつねじゃないとして、これはどういう妖怪?」
「さあ……? 風をあやつる妖怪みたいだけど、なんだかわかんないのよね。龍のような気もするんだけど、よく知らないし。まぁ、妖狐の場合は数が多いから『妖狐』って種の呼び名があるけど、そうじゃない妖怪も少なからずいるからね。望月のように名がないこともあるし。」
うーん、わかったようなわからんような。いまいちすっきりしない。
「ま、危ないものじゃなさそうだしなんでもいいでしょ。その力のおかげで助かったんだし。ホントのこと言うと、危ないものなら始末しようかなと思ってたのよね。」
「はあっ……!?」
さらりと怖いことを言われた。始末ってなんだろうか。思わず怖ろしい想像をしてしまうけれど、その想像は当たらずとも遠からずなんじゃないかという気がする。……なにごともなくて本当によかった。
キャンプ場に着くと、紫は智里をテントに運びこんだ。なぜ智里の班のテントを知っていたんだろう。そういえば、キャンプ場をぬけだすとき、「めんどくさくなってみんな眠らせた」と言っていた。もう、いまさらくわしいことは聞かないけれど、きっとそのときに知ったのだろうと思うことにする。
「さて。」
紫はそうつぶやいて、くるりとこちらに向き直る。
「それじゃ、あたしも行くわね。」
「うん。助かった、ありがとな。」
紫は少し笑って、
「これからは気をつけてね。あんまり危ないことしないように。」
そう言って、すうっと姿を消した。
■
目を覚ましたときはすでに真っ暗になっていて、リビングのほうから話し声が聞こえてくる。眠っているあいだに、母さんが仕事から帰ってきているようだ。
まだぼんやりとする頭をおさえながら、
「おかえりー……。」
リビングのドアを開ける。リビングには、
「あら、起きたの。」
母さんと、
「おはよー。夜中だけど。」
紫がいた。
「……なにしてんの!?」
一気に目が覚めた。
「いやー、気になっちゃって。でもそのかわり、事情はぜんぶ説明しておいたから!」
紫はぐっと親指をたててみせる。
それはまぁ、どうも。
「颯希、紫さんから話はうかがったわ。話してあげるから、座りなさい。」
母さんは、おれが座るのを待って、続ける。
「颯希、あなたは半妖なのだけれど、ふつうの半妖じゃないの。妖狐と一目連の半妖なの。」
「どういうこと?」
「お母さんは妖狐の半妖、そして、お父さんは一目連の半妖なの。だから、颯希は半分人間で、あとの半分は妖狐と一目連なのよ。」
昨夜、紫は「両親のどちらかは妖怪だと思う」と言っていたけれど、実際は「どちらも半妖」ということらしい。
「半妖同士の子だったなんてね。しかも一目連の孫だって。一目連っていったらかなり名の知れた大物よ?」
いや知らないけど。
「どういう妖怪なの?」
「風をつかさどる隻眼の龍ね。」
「せきがん?」
「片目がつぶれてるのよね。たしか。左目だったかな。」
それでがけから落ちたあのとき、風を起こすことができたのか。
母さんは紫の言葉を受けて、
「あなたの左目だけ視力がわるいのも、そのせいなのよ。」
と、おれの目について補足する。父さんも左目だけ視力がわるかったらしい。まさか妖怪のせいだったとは思わなかった。
もうひとつ、母さんに確認しなきゃいけないことがある。
「封印されてたのはどういうことだったの?」
「それはね、お父さんと決めたことなの。妖怪の力を封じることで、ふつうの人間と変わらないように生きられるかもしれなかったから。」
たしかに昨日までは、妖怪なんて見たこともなかったし、信じてもいなかった。こんな世界があるなんて、昨日の自分に話しても絶対に信じない。
「さて、ここでひとつ提案があるわ。」
紫が、人差し指をぴっとたてて言う。
「その妖狐と一目連の力をもう一度封じなおせば、これまでと変わらない生活ができると思うけど、どうする? 昨日も言ったけど、妖怪に関わる力を持たない人間に、妖怪がちょっかいをだすことはあんまりないわ。もちろん、あたしも。」
「見えない人たちの中で、自分だけに見えてしまうものがあることをかくしとおすのは大変なことなの。お父さんとお母さんも、こどものころは苦労したわ。」
それはそうかもしれない。キャンプ場で紫にしゃべっていたとき、まわりからはひとりごとを言っているようにに見えたはずだ。『それ』が他の人にも見えているのか、そうでないのか。もし見えていないのなら、自分も見えていないものとしてふるまわなければならない。
今までと変わらない、見えないものとは関わることのない生活。そして、ふつうの人間ではありえない、見えないものを見てしまう生活。
どちらかを選ぶのなら、それは。
「いや、このままで……このままがいい。」
知らなければ、知らないままでもよかったのかもしれない。でも、『そういうもの』がいることを、そういう世界があることを知ってしまった。いまさら知らないふりなんてできない。
それになにより、紫や望月のように、それが怖いものばかりではないことも知っている。
母さんと紫の言うとおり、苦労することや困ることはあるかもしれない。それでも、知らなかった世界に関わることを、ためらうことなんてない。
まあ、見えなくなったとして、見えないなにかがそこにいるかもしれないというのはなんとなく不安だし、それに、
「そう? そういうことなら、これからもたまには様子を見にきてあげる。困ることもあるかもしれないし。」
「うん。よろしく。」
紫だっているしね。
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