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夏祭りが終わったあと、こっそり夏穂の部屋に水あめを持っていくのが毎年の決まりになっていた。
夏穂と約束したわけでも誰かに頼まれたわけでもない。でも、いつの間にかそうなっていた。
窓の外からノックして、顔を出した夏穂に屋台で買っておいた水あめを渡してから家に帰るのだ。巫女装束から田舎くさくて似合わない私服に着替えた夏穂は水あめを受け取っても〝ありがと〟とそっけなく言うだけで颯太と目を合わせようともしない。
「水あめ、楽しみにしてたのか?」
「うん、夏祭りの唯一の楽しみだった」
だから、夏穂があっさりとそう答えるのを聞いて颯太は驚いていた。
せまい島の中、颯太にとって夏穂は唯一の同級生で幼なじみだ。
小学校にあがるまでは仲が良かったけど今ではろくすっぽ話もしない。水あめを持っていっても毎年、夏穂は澄ました顔をしている。
水あめなんて子供っぽいものをもらってもうれしくもなんともないんだと思っていたのだ。
「わかってたら去年、もっと味わって食べておいたのにな」
「……なんだよ、それ」
少し寂し気で、やけに大人びた夏穂の声に颯太は苛立たし気に呟いた。
「夏祭りももう一回まわりたかった」
「もう一回ってなんだよ」
颯太は明日の朝一で島を出て行く。
だけど、夏穂は明日の夜も、明後日も、きっと来年や再来年や十年後だってこの島で暮らしている。夏祭りをまわれる機会は何回だってあるはずだ。
でも――。
「もう一回、颯太といっしょにまわりたかった」
そういうことではなかったらしい。
「なら、いっしょにまわりたいって言えばよかっただろ」
だって颯太は毎年、いっしょに夏祭りに行かないかと夏穂に声をかけていたのだ。
「言えないよ」
困ったように微笑む夏穂に颯太は目をつりあげた。
「舞のことがあるから? それなら園田のおばさんに代わってもらえばいいだろ!」
園田のおばさんというのは夏穂の父親のお姉さん、夏穂からみたら実のおばにあたる人だ。夏穂の母親が嫁いでくるまでは夏祭りで舞を舞っていたのは園田のおばさんだったらしい。
それなら、毎年は無理でも二年に一回くらいは代わってくれるかもしれない。
「そんなわがまま言えないよ」
でも、夏穂は首を横に振る。
「言うだけ言ってみたらよかっただろ!」
「私がわがまま言ったらお母さんが悪く言われちゃうから」
小さく弱々しいけれど、やけにはっきりと耳に届く声で夏穂は呟いた。
「いい子でいればさすがは神主さんの娘さん。わがままを言ったらやっぱりあの母親の娘。そう言われちゃう。だから、わがままなんて言えないよ」
夏穂が真っ直ぐに見つめているのはすっかり陽が落ちて黒くなった夜の海。鳥居越しに見える島の外だった。
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