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 颯太が夏穂の家である神社に戻ってくる頃には陽は落ちてすっかり夜になっていた。風がないからいつまで経っても昼間の熱気が残り続けている。  Tシャツの襟で汗を拭ってから颯太は夏穂の部屋の窓をノックした。例年の夏祭りのあとと同じように。 「颯太……?」  窓から顔を出した夏穂は目を丸くした。そんな夏穂の前に颯太は黙って手に持っていた物を突き出した。 「これ」  言葉少なに言って夏穂に差し出したのは水あめだ。半分にした割り箸に水あめを絡めてモナカの皮だけみたいな食感のミルクせんべいではさんだ夏祭りの屋台で並ぶ水あめだ。 「中野のおばちゃんに作ってもらった。明日の朝、引っ越すから最後に食べたいって言ったら作ってくれたよ」  颯太の言葉に夏穂は一瞬、困り顔になった。 「お前が食べたいって言ったなんて言ってないし、中野のおばちゃんは俺が食べるんだって思ってる。……だから、ほら」  颯太が怒ったような顔でもう一度、水あめを突き出すと夏穂は颯太の顔と水あめを交互に見つめた。  そして――。 「ありがと、颯太」  ためらいがちに割り箸に手を伸ばした。 「今年は味わって食べなくちゃね」  にこりともせずに目をふせる夏穂をちらっと見て颯太は窓枠にほおづえをついた。  いつもなら水あめを渡してさっさと帰る。でも、今日はなんとなく夏穂が食べ終わるまでいっしょにいようと、そう思った。  夏穂も同じように思っているのだろうか。窓枠に寄り掛かって水あめを食べ始めた。  サク……と、音がした。夏穂がミルクせんべいをかじった音だ。 「あとは?」  隣から聞こえてくる音に耳を傾けながら颯太は尋ねた。 「あと?」 「水あめを食べたい、夏祭りをまわりたい。……あとは? あと、俺に連れて行ってほしいわがままは?」  颯太が尋ねるとサク……と、またミルクせんべいをかじる音がした。 「あとは……」  うつむいて水あめをかじる夏穂の横顔を見ていて思い出した。 「暑いし重いし、練習もきついし……本当は舞なんてやりたくない。……逃げたい」  そうやって夏穂がうつむくから水あめを部屋に持っていくのが夏祭りのあとの決まりになったのだ。
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