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01
俺が仕えている七歳のお嬢様は、とんだ我儘娘だ。
気に入らない事があると、周囲に喚き散らすし、嫌いな奴にはすぐに手が出る。
七年しか生きていないのに、手が付けられないほど、やばい性格をしていた。
お嬢様の性格の被害をうけて怪我をした使用人たちが何人いたことか。
俺が働いている屋敷の主。彼女の父親は、普通の性格だ。
娘に甘い事を除けば、理不尽な事は言わないし、しない。
だというのに。
どうして、その娘のお嬢様はあんなに我儘になってしまったのだろう。
「紅茶がぬるいわ! 入れなおして! このお菓子きらい! 他のにして、こんなの全部捨てちゃってよ!」
今も使用人にやつあたりしている。
使用人たちは慌てて、紅茶とお菓子を持って、部屋を退出。
部屋に残された俺は、お嬢様の機嫌取りをしなければならなかった。
「そう怒らないでください、お嬢様。今日はお嬢様の好きな、優しい家庭教師の方が来てくださいますよ」
「えっ、本当? やった!」
一体、いつになったら、まともな人間になってくれるのだろう。
お嬢様は、自分に優しいか、甘くしてくれるだけの人間にしかなつかないから、ダメ人間になる一方だ。
それから数年後。
お嬢様の性格は、治らないままだった。
貴族のお嬢様やお坊ちゃんが通う魔法学校へ入学しても、まったく変わらない。
だから人間関係は壊滅的だ。
「カバンをおもちいたしますわ」
「今日は美味しいお菓子をお持ちしましたよ」
表面的には友達いっぱいだが、皆お嬢様の怒りをおそれて、甘い態度をとる事しかしない。
お嬢様の家は、中途半端にいい家だから、そのせいだろう。
しかもお嬢様は強力な火魔法の使い手だった。
目に見える強い力の持ち主。
恐れないわけがない。
対等な家の子供が注意してくれれば、あるいは身の回りの大人がしっかりしてくれれば。
まだ若いお嬢様は、まともに育つかもしれないのに。
「うふふ、みんなったらそんなに私とお話したいのね」
笑顔で喋るお嬢様は、なんとも愚かしく見えた。
その日の夜は、ずいぶん見ていなかった悪夢をみた。
住んでいた区画が焼かれて、父と母が家の中で死んでしまった夢だ。
俺は偶然他の場所で遊んでいたから死なずにすんだけれど。
その日、俺は孤独な身になった。
あの日ほど、強烈に運命を恨んだ日はなかっただろう。
入学から一年後、俺はお嬢様とともに洞窟にいた。
まわりには、たくさんの貴族のお嬢様やお坊ちゃまがいる。
彼等は皆心細そうにしていた。
少し前までは修学旅行に胸を躍らせていたのだが無理もない。
目的地に着く前に、彼等を乗せた馬車のいくつかが盗賊に襲撃されてしまったからだ。
それで、俺達は彼等のアジトで閉じ込められている。
「もういやっ! これからどうなっちゃうのよ」
「大丈夫です、きっと助けに来ますよ」
俺はお嬢様を励ましながら、その時が来るのを待った。
ようやく復讐が終わりそうだ。
俺の全てを焼いたあの炎は、このお嬢様の父親の仕業だった。
お嬢様を叱らなければならない立場の父親は、ずっとお嬢様を放置していた。
それどころか、お嬢様が頼めば、その願いならなんでも叶えてきた。
俺の家族が死んだ日も、お嬢様の願いが原因だった。
だから、大切なものを二人から奪ってやる。
お嬢様は命。父親からは、大事な娘の存在を。
脳裏に思い出す過去の光景。
俺達が住んでいた場所を、迷子になって訪れた幼い頃のお嬢様は、目にした光景にあ然になった。
「なんて汚らしい場所なの? こんなところなくなっちゃばいいのに」
その願いを父親が叶えたのだ。
そこは、お世辞にも美しいとは言えない場所だった。
貧しくて、家の建物を修理できない家が多かったし、ゴミ捨て場が近かったから害獣や害虫もいた。
けれど、だからといって消えてなくなっていい場所ではなかったのだ。
回想を終え、目の前の光景を見る。
大勢の声がしている。
俺達を助けるために騎士団がやって来ていた。
洞窟の中では、騎士とならず者達の戦いが始まった。
混乱した貴族の子供達は、一斉に逃げ出した。
しかしお嬢様は、誰かに突き飛ばされて転倒した拍子に、足をくじいたようだった。
「いたっ、一体誰よもう! 帰ったら覚えておきなさいよね!」
お嬢様はとうぜんのように、俺がおぶってくれるものだと思っていた。
そして当然のように家に帰れると思っている。
「とにかく早くここからでなくちゃ!」
けれど、俺はお嬢様が伸ばした手をはねのける。
「えっ?」
この場所は死角になっている。
騎士達から見えない。
「あなたのご機嫌取りはうんざりです。さようならお嬢様」
「ちょっと、どういう事よ! なんでよ!」
俺はお嬢様を見捨てて逃げ出した。
すると盗賊の一人が、お嬢様に近寄っていく。
俺は前もって、彼等に接触していた。
この一連の事件は俺が原因でもあった。
盗賊の一部に学校の旅行の日程について、情報を流していたのだ。
俺がそうしなければ、この事件はおきなかっただろう。
「俺は前々からお嬢様に死んでほしかったんですよ」
「うそよ、信じてたのに! あんなにも私に優しくしてくれたじゃない!」
少し胸が痛んだが、俺はその場から去っていく。
盗賊の一部には、お嬢様を殺したら、後でお金をやると裏で取引していた。
騎士団に捕まった後も、裏からこっそり牢屋から出してやると言った。
だから、仕事をやりとげてくれるだろう。
「お嬢様が我儘でなければよかったのに」
立派な人格者であってくれば、復讐なんてしなくて済んだのに。
あるいは、途中で心を入れ替えてくれていたら。
少しだけ痛む心を無視して、俺は洞窟の外へと走り出した。
後日、その事件で多数の死者が出たことが発表された。
俺の仕えていたお嬢様もその中の一人だ。
お嬢様は最後まで、盗賊に命乞いをしていたようだ。
近くにいた騎士が、きんきんと響く大声を聞いていたようだ。
けれどその言葉は、「なんで」「どうして」ばかり。
どうして自分がこんな目にあうのかは、最後まで理解できていたなかったらしい。
父親は嘆いて途方に暮れていた。
満足に食事もとれずに憔悴している。
立ち直れそうには見えなかった。
これで、復讐完了だ。
後悔なんて、……微塵もない。
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