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山口は毎日出入りしている入口の脇に、ここまで成長するまで誰にも見つけられずにいたこの野草のしたたかさに、ほくそ笑んだ。
「へえ、野生のユリですか?こんなとこから生えるんですね」
不意に背後から声をかけられ、振り返ると見知らぬ男が立っていた。
年の頃は山口と同年代か少し上、40代なかばといったとこだろうか。この辺りの人間が間違っても着ることのない垢抜けたスーツ姿に、ハイカラなモスグリーンのフレームの眼鏡をかけた、色白でひょろっとした男だ。
「どうも。館長の見山さん、いらっしゃいますか」
男は愛想良く会釈し、丁寧だが関西訛りのある口調で挨拶し、名刺を差し出した。
「観光プロデューサー、香芝博実さん、ですがか」
市が観光プロデューサーなるモンを雇ったという話は館長の見山から聞いていたが、市にとってはお荷物の冷や飯食いと陰口をたたかれる、この山間部の里山町には関係のない話だと思っていた。
眉間にしわを寄せ首を傾げていた山口だったが、チラリと男に視線を向けると「ちょ、ちょっと待ってごせ」と言い置き、慌てて館内に駆け込んだ。
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