第一章:幸せの配分

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 右手の指を揃え、左胸から右胸にスライドさせ る。そして、人差し指と親指で眉間をつまむよう な仕草をした後、その手を片手で拝むようにして 見せた。  (大丈夫ですか?ごめんなさい)  手話を見た彼女の表情が、パッと明るいものに 変わる。どうやら通じたようだ。  安堵したのか、彼女は慣れた手つきで堰を切っ たように手話で話し出した。  「あっ……ごめっ、ちょっと待って」  彼女を手で制し、懐のポケットから携帯を取り 出す。僕が覚えている手話は微々たるもので、 とても会話を理解できるレベルではない。携帯を 持っていてよかった。僕は、半年前に買ったばか りの携帯に親指で文字を打ち込み、液晶画面を 見せた。  (手話は少ししか知らないんです。僕の不注 意でぶつかって、ごめんなさい。怪我はないで すか?)  文章を読んだ彼女はこくりと頷いて、すぐに ガサゴソと鞄を探り始める。  そうして、僕と色違いの二つ折り携帯を取り 出すと、文字を打った。  (大丈夫です。びっくりしたけど)  その言葉にほっと胸を撫でおろして、彼女に 手を差し伸べる。  彼女は携帯を持ったままで立ち上がると、 ほんの少し顔を顰めた。  そのリアクションに気付き、彼女の膝に目 をやる。右足が擦りむけてちょっと血が滲んで いる。  (うわっ、血が出てる!ごめんなさい)  ご丁寧に、独立語まで打ち込んで、僕は 携帯を彼女に向けた。  ふっ、と彼女の頬がゆるむ。  そして、見事な早打ちで文章を書き、 それを見せた。  (これくらい平気です。心配しないでくだ さい)  目の前のやわらかな笑みに、鼓動をひとつ 鳴らしながら、「でも…」と声を漏らし考え 込んだ。平気だ、大丈夫だという言葉を額面 通り受け取って、この場を去っていいものだ ろうか。    僕は加害者だ。  そんなことは絶対にないだろうけど、後に なって足が折れていたとわかった時、彼女は 困るのではないか?僕はそう思い至ると鞄か ら名刺を取り出し、渡した。  (羽柴 純一(はしば じゅんいち)といいます。 ここで働いているので、何かあったらいつで も連絡ください)  まじまじと、名刺を眺めながら彼女が頷く。  もしかして、就労移行支援という制度があ ることを知らないのだろうか。  もちろん、名刺を渡したのは、思わぬ事態が 発生した時の連絡先に、という意味なのだけど。    障がい者手帳を持っていれば、色んなサポー トが無料で受けられるし、困ったことがあれば 相談して欲しいという気持ちもあった。 (※前年度の収入によって自己負担が発生する 場合もある) 僕は指導員の心持で、言葉を綴った。
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