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最終章:「みえない僕と、きこえない君と」
うっすらと目を開けた先に見えた天井は、
ぽつぽつと黒い点や波の柄が不規則に並ぶ、
トラバーチン模様のそれだった。
僕はベッドに横たわっているらしく、
周囲は白いカーテンで覆われている。
カーテンは上部がメッシュになっていて、
隙間から、棚にのせられた段ボールや、若草
色のカーテンが見える。視界は広く、窓から
温かな陽光が射し込んでいた。
――ああ、ここは学校の保健室だ。
ふわりと漂ってくる消毒液の匂いを嗅ぎ
ながらそう思った僕の耳に、懐かしい声が
聞こえた。
「すぐに意識を取り戻したから心配ない
と思いますよ。でも、念のため明日は病院
へ行ってくださいね」
「はい。色々とお手数をお掛けしました。
それにしても、転がってるボールを踏んで
ひっくり返るなんて………息子は、どこか
悪いんでしょうか?躓いたり、転んだりす
ることが多くて、ちょっと心配しているん
です」
少し鼻にかかったやわらかな声の女性は、
養護の先生だろう。もう一人の声は、僕を
迎えに来た母のものだ。得体の知れない
不安を声に滲ませながらため息をついた
母に、僕は“心配ないよ”と声をかけてやり
たくて頭を動かした。
が、ズキリと痛んで動かすことが出来ない。
どうやら、少し頭を打っているようだ。
「この間も、膝に擦り傷を作って帰って
来たんです。どうしたの?と聞いても、
笑ってごまかされてしまうし。あの子、
親に心配かけまいと嘘をつくんです。
『大丈夫だよ』って、笑って嘘つくんで
すよ。そういう時は決まって声が明るく
なるから、ああ、この子嘘ついてるな、
って、わかるんですけどね」
そう言った母の声はどこか寂しげで、
僕はちくりと胸の痛みを覚えた。
――ああ、また心配をかけてしまうな。
僕にもしものことがあったら、母はどん
なに苦しむのだろう?
だから、早く目を覚まさなければ……。
僕はここが夢の中なのだと、理解しなが
ら静かに目を閉じた。
――そうして、再びゆっくりと目を開ける。
ぼんやりと視界に映った天井は、さっき
夢の中で見たものと同じだ。
けれど、視界は狭かった。
丸く削られた視界には点滴スタンドに
吊るされた溶液と、部屋を照らすオレンジ
のダウンライト、そうして……。
僕は視線をずらし、腕にしがみついた
まま眠っているらしい、弥凪を見やった。
彼女の右手には白い包帯が巻かれている。
それ以外に怪我はないのかわからないが、
少なくともベッドに横たわらなければなら
ないほどの、外傷はないのだろう。
僕は、ほぅ、と息を吐いた。
――どうやら、僕は生きているようだ。
弥凪が顔を伏せている方の手を見れば、
そこには点滴の他に、酸素を測るパルス
オキシメータが指先に嵌められている。
頭にはぐるぐると包帯が巻かれ、右肩
は骨折したのだろうか?きっちりと固定
され、右腕は僕の腹の上にのっていた。
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