最終章:「みえない僕と、きこえない君と」

2/13
前へ
/112ページ
次へ
 いったい、誰が助けてくれたのだろう?  周囲に人影はなかったし、ドライバー は走って逃げてしまったのに……。  そんなことを思っていた時だった。  部屋の外からぼそぼそと人の話し声が 聞こえて、僕はじっと耳を澄ました。  「……どうかもう、頭を上げてください。 二人とも助かったんですし、あの子も誰か を責めようなんて、少しも思っていないで しょうから」  「ですが……わたしが二人の結婚に理解 を示していればこんなことには。息子さん が助かったから良かったものの、もし、 取り返しのつかないことになっていたらと 思うと。娘が擦り傷一つで済んだのは彼の お陰です。いまさら、こんなことを言えた 義理じゃありませんが……きっと、彼だか らあそこまで身を挺して娘を守れたのだと、 思うんです。だから、せめて、わたしに 出来ることは何でもさせてください」  病室のドア越しに聞こえてきた声は、母と 弥凪の父親のものだった。けれど、そこにい るのが二人だけではないことは、すぐにわか った。僕の一大事に父が駆け付けない、 わけがない。  「どうか、頭を上げてください。市原さん が二人の結婚に不安を抱くのは親として当然 のことですし、わたしたちも正直、戸惑いは あるんです。でも、息子の決心は、おそらく、 何があっても揺るがないということもわかっ ている。たとえ、目が見えなくなったとして も、耳が聞こえなくなったとしても、息子は 弥凪さんの手を離すことはしないでしょう。 そういう男なんです。ですからどうか、少し ずつでいい。二人の将来を、考えてやって いただけないでしょうか?」  父のその言葉を聞いた瞬間、僕の目から 涙が零れ落ちた。 ――父は僕以上に、僕のことをわかって くれている。  そのことが嬉しくて、誇らしくて……。  僕はこの両親の元に生まれたことを、 神様に感謝せずにはいられなかった。  「あなた、本当は一目見た瞬間から、 羽柴さんのことが気に入っていたのよね? だから、突然、彼の口から障がいのこと 切り出されて、混乱してしまったんでし ょう?だって、あなた、いつも言ってい たもの。『障がいがあろうと、なかろう と、人を愛する権利は何も変わらない』 って、そう、言っていたんだもの」  弥凪の母親の声は、涙に揺れていた。  僕は涙を堪えようと唇を噛みしめたが、 零れ落ちる涙は止まらなかった。  みるみるうちに、枕に冷たい染みが広が ってゆく。  「……まいったな」  僕は涙を拭うことも出来ず、掠れた声で そう呟いた。その時、僕の腕に突っ伏して いた弥凪が顔を上げた。
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

109人が本棚に入れています
本棚に追加