最終章:「みえない僕と、きこえない君と」

4/13
前へ
/112ページ
次へ
 現在、折れた鎖骨はしっかりボルトで固定 されていて、あと数日もすれば抜糸できると 昨日の回診で言われたのだけど、そのボルト も骨がくっついたらまた取り出さなければな らないので、完治するまでにはしばらく時間 がかかりそうだ。  頭の傷は包帯が外れ、いまはガーゼで軽く 覆ってあるだけだが、事故の瞬間は、頭から 流れ出た血で顔が赤く染まり、着ていたシャ ツも右側が真っ赤になっていたらしい。  そんな僕を目の当たりにした弥凪は取り 乱し、泣き叫んでしまったわけだが……。  「じゅういひ、もっろらべる?」  「うん、食べる」  あの夜、泣き叫んだことで声を出すことに 対する抵抗が薄れたのか、弥凪はこうして僕 たちの前でだけ、喋ってくれるようになった。 ――災い転じて福となす。  と、言うにはあまりに災いが大き過ぎたが、 弥凪の声が聞けるようになっただけで、やは り人生は辛いことばかりではないのだと密か に思っている僕がいる。  「でも本当に助かって良かったね。わたし、 二人が事故に遭ったって聞いた時は、本当に 心臓が止まるかと思ったんだから」  咲さんが胸の前で手を重ね、首を振る。  町田さんも、その言葉に神妙な顔で頷き、 応接セットに並んで座る僕たちを、しみじみ と見つめた。  「二人とも、命があって良かったな。 本当に」  その言葉が町田さんの口から出るのも、 たぶん三回目くらいだ。  彼らは、僕がこの病室に移った翌日から 何度もお見舞いに来てくれていて、その 度に、町田さんはこのひと言を“呪文”の ように言ってくれるのだった。  今日は休日ということもあって、昼過ぎ からこうして四人でお茶を楽しんでいるの だけど、弥凪は仕事帰りに毎日寄ってくれ るし、父も母も交代で毎日顔を出してくれ ている。  その合間に、弥凪の母親が飲み物や デザートを沢山差し入れてくれるので、 この広々とした病室に僕が一人きりになる ことは少なかった。  「そういえばさ、今日は二人に報告が あって来たんだわ」  唐突に、弥凪の母親が差し入れてくれ たダージリンティーを飲みながら、町田さん がそんなことを言った。咲さんと視線を交わ し、頷き合う。  「え、報告って……何ですか?まさか」  “授かりました”とかいう、おめでたい報告 だろうか?二人の付き合いは僕たちよりも 短いはずだが……。  僕は弥凪と顔を見合わせると、さまざまな 想像を巡らせながら、言葉の続きを待った。  「実はさ、俺、仕事辞めることにしたのよ」  「????」  思いもよらないそのひと言に、僕たちは 二人して目が点になってしまう。  が、その言葉の意味を理解した瞬間、 僕はここが病室であることを忘れ、思い きり声を上げてしまった。
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

109人が本棚に入れています
本棚に追加