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このままでは埒が明かない。雇ってもらえない
のであれば、いっそのこと自分で起業してしまえ
ばいいのではないだろうか?
そう思い倦ね、情報収集を始めた時だった。
父の知り合いから、就労移行支援事業所を紹介
され面接を受けた僕は、障がいや引きこもりな
ど、さまざまな就労困難を抱える人たちのサポー
トをする仕事に就くこととなった。
それから三年。
視野は少しずつ狭まり、いまやバレーボールほ
どの視界になっているが、社会人の一員として
充実した日々を送っている。
――二〇〇×年六月。
その日、仕事を終えた僕は、いつものように
自転車で帰路についていた。
夜盲の症状もあって夜は視界が悪かったが、
日の長いこの時期は自転車で通勤することが多い。
時計の針が七時を過ぎるころになっても空は
明るく、少し湿った風を受けながらのんびり自
転車を走らせるのは、心地よかった。
僕はぼんやりと明日の仕事のことを考えなが
ら、ペダルを漕いでいた。
大通りから住宅街へ入る。
いつも通るその道は、民家の敷地から覗く、
ピンクや紫の紫陽花を楽しむことが出来る。
(そういえば、カタツムリって何処から
来るんだろう?)
不意に、そんなことを考えながら紫陽花に
気を取られていた時だった。
「!!!!」
突然、電柱の影から女性の姿が現れ、僕は
咄嗟にブレーキを握った。が、一歩遅かった。
止まりきらなかった自転車は、僕の体ごと
背後から女性にぶつかり、転ばせてしまう。
「うわっ!!」
辛うじて地面に足をついた僕は、慌てて
自転車を降り、女性に駆け寄った。
「ごめんなさい!すみません!お怪我は
ありませんか!?」
明らかに、僕の不注意による事故だ。
このところ、自転車事故による高額賠償問
題がニュースで取り沙汰されるようになり、
母親から気を付けるよう言われたばかりだった。
僕は大変なことをしてしまったのではな
いか。その不安に、心臓をバクバクさせなが
ら、その人の顔を覗いた。
女性が顔を上げる。
額の真ん中で分けられた黒髪は艶やかで、
卵型の輪郭を覆うようにきれいに切りそろ
えられている。
僕と同じか、いくつか年下の若い女性だ。
その人は地面に座り込んだまま、じぃ、と
僕を見つめた。
「あの、ちょっと余所見をしていて。
本当にごめんなさい。怪我は……」
動揺から額に汗を滲ませながら早口で
そう言った僕は、彼女の乱れた髪の隙間から
見えた“それ”に気付き、言葉を止めた。
「あ、耳……」
補聴器だ。
彼女の左耳に補聴器の管が見える。
職業柄、聴覚障がいを持つ人に接する機会
が多かったのですぐにわかった。僕はいくつ
か覚えている簡単な手話を使い、話しかけた。
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