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1 キミがキスをするわけ ①
昔、今よりも世界が単純だった頃、僕たちは冒険者だった。
と言ってもラノベなんかに出てくるような、モンスターを狩ったりする冒険者の事ではない。
学校の帰り道ふたりで手を繋いで、鎖に繋がれた大人しい犬の前を緊張しながらも悠然と歩くだけでも僕たちにとっては立派な冒険で、ご近所の野良猫に挨拶したり、たんぽぽの綿毛がどこまで飛んでいくのかを追いかけるのもそうだった。
ひとりでは絶対にやろうと思わなかったり、躊躇うような事もキミとふたりでならやりたいと思えた。どんな事も楽しいと思えた。
キミと手を繋ぐだけでふわふわドキドキ、どこへでも行けて何でもやれる気がしたんだ。
僕はキミに手を差し出して「冒険に行こう」って、いくつもの新しい世界への扉を開けた。
昔僕が道に迷って、偶然見つけた僕のお気に入りの場所。
そこは今時珍しいくらい自然が残っている場所で、だけど振り向くと相変わらずの日常があるような、まるで異世界に迷い込んでしまったみたいで僕だけの特別だった。
だけどキミと出会って、キミをそこへ連れて行ったのが僕らの最初の冒険で、それからその場所はふたりの特別になったんだ。
寝転がって見る空の青さ、香ってくる花の香り、草や土の匂い。ビルなんか見えやしない。空気さえもいつもと違うように感じられた。
日常とは違うどこか。
そんな場所だったから、だから僕は……願ってしまった。
僕はその願いが叶いますようにと花冠を編んでキミのふわふわの頭に載せた。
するとキミはキョトンとして、そしてすぐに頬をピンク色に染めて照れたように笑うから、あんまり可愛く笑うからやっぱりキミはお姫さまなんだと思った。
そして僕の中に生まれた『希望』が瞬いた気がした。
ふわふわでキラキラのお姫さま。
僕の胸がドキドキするのは冒険による高揚感なんかじゃなくて、キミが傍に居たから……。
花冠が似合うキミなら……いつか、僕がもう少しだけ自分に自信を持つ事ができたなら僕だけのお姫さまになってくれる?
*****
だけどキミはふわふわでキラキラはそのままなのに、お姫さまではなくなってしまった。
僕の背をいつの間にか追い抜いて、ムキムキ筋肉というわけではないのに誤魔化しようもないくらい男の身体へと変わっていった。
甘さは変わらないけれど僕よりも低い声。お姫さまというよりは――王子さまだ。
僕は男でキミも男で、あの頃もそれは同じだったけれどキミはお姫さまだったから僕の『スキ』は許されると勝手に思ってた。
だけど今は違うから、僕たちの――僕の『スキ』は許されない。
その事に気づいてから僕も変わってしまったのだろう。あんなに楽しかったキミとの冒険はフェイドアウトするみたいに終わった――。
それでも僕はキミが好きだから、僕の『スキ』がキミに許されるようにあの日のように花を編む。
淡く色づく沢山の『スキ』を祈るように編んでいく。
出来上がった花冠をあの日のキミのように僕の頭に載せて、そうしたらこんな僕でもお姫さまになれるだろうか。
もしも僕がお姫さまになれるのなら、キミに好きだと伝えても許される?
キミの探す『スキ』が僕であればよかったのに――。
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