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ちらり。
すっ。
ここのところ視界の隅をしばしば横切る黒い影を、山田登は忌々しげに睨みつけた。
日付はもうじき変わろうとしている。
「ここまで頻繁だと最終奥義を発動するしかないな。瑚珠、覚悟はいいか。これからヤツを完膚なきまでに葬る。俺の安眠のためには止むを得ないんだ」
やれやれと、瑚珠は進み出た。
瑚珠が夜食を欲しがるので、兄妹は遅くまで台所にいる。
普段突っ込みを入れてくれるはずの祖母の咲は、すでに自室の布団にくるまって夢の中だ。
「やめて登ちゃん。それには特に害はないから」
登は首を傾げた。
「瑚珠、おまえはあの黒いつやつやの害虫の肩を持つのか?」
「よーく見てみるといいよ」
登は無意識のうちに霊の類を祓ってしまう無神経な体質である。
心を宿した繊細なモノたちを保護している、この心置き場の住人としては失格と言ってもいい。
とはいえ山田家の当主となった今では、登は意識してモノや人と向き合い始めていた。
こうやっていちいち許可を得ようとするのは滑稽で面倒だが、瑚珠は放っておくわけにはいかない。
登は、左目につけた黒い眼帯を外す。
不治の中二病を患っている兄だから仕方ないが、もう少し一般人らしく見える方法はないのかと瑚珠は少々残念に思う。
「こんな晩にここにいるってことは、あっちのお客さんなのか?」
登が持つ力は強く、この世の理を多少強引にねじ曲げることもできる。
もっともその代償は大きく、身体の自由と引き換えることになる。
何度も力を使った結果、登の左目は完全に力を失っているし、五感はジリジリと削られつつあった。
その分ちゃんと心を傾けさえすれば、これまで無条件に祓い退けていたモノをわずかながら映し、感じ取れるようになったらしい。
「確かにお盆が近くなるとどこもかしこもざわざわしてくるけどさ。霊って冬だって昼間だってどこにでもいるんだよー。歩きながらよけるのがすっかり上手くなっちゃった。あ、登ちゃんはいつもすっごくヘタクソでぶつかりまくってるんだよ。何か言いたくて出てきた人たちにとってはとんでもなく迷惑だよ」
「そんなの知るかよ、言ってくれたらいいじゃねえか」
「言えてたらそんな姿になってないもん」
「そりゃそっか」
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