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「あのう、お取り込み中申し訳ありませんが」
黒い影は人の形をとった。
着物に立ち襟のシャツと袴を身に着けた童顔の男性の姿だ。
「別に取り込んでないよ、昂さん。今年は暑いね~」
「ごぶさたしてます、瑚珠さん。年々厳しくなりますね」
「知り合いなのかよ。良かったら紹介してくんないか」
登だけが置いてきぼりをくらっている。
どう見てもこの世の者ではなさそうなことを除けば、何のこともない世間話だ。
「山田昂と申します。僕は先々代の渓さんの遠縁で身のまわりのお手伝いをしていた者です。あの方がいなければ進学もかないませんでしたし、勉学を続けることもできませんでした。言い尽くせないほどの恩人なのです」
「渓ってひいじいちゃんか。ばあちゃんにちょっと聞いただけで俺は会ったことないんだよなあ」
「そう、この心置き場を作った人だよ。おかげで私のお仕事増えてしょうがないんだけど。ひいじいちゃん、人間離れしたお人好しだから何度か力を借りたことはあるけど、生きてる間には会えなかったんだよね」
瑚珠の言いぶんが不服らしい昂は口を尖らせた。
「瑚珠さん、渓さんは素晴らしい人格者です。もう少し言いようがあるでしょう」
「なあ、俺、ちょっと話についていけてないんだけど。普段昂さんはこんなに堂々と家の中を歩き回ったりはしないだろうし、突っ込むところはそこか?瑚珠も死んだひいじいちゃんをこき使ってんじゃねえよ」
「私は立ってる者は幽霊だって使うよ」
登は話をまとめようとしたが、瑚珠のせいでまとまらなかった。
「そうですね、渓さんは瑚珠さんをとてもかわいがっていらっしゃいますから、少しでも手助けをしたいのだと思います」
「あ、俺のことは?」
「登さんについては何も」
「扱いひどいんじゃね?」
「冗談です。渓さんは同じように登さんのことをいつも心配なさっています」
結構な冗談を言う幽霊に初めて会ったが、登は気を取り直して昂に尋ねた。
「昂さん、いい機会だからひいじいさんやこの家のこと、聞かせてもらえるかな。咲ばあちゃんに聞けば話してくれるんだろうけど、ばあちゃんは長いこと俺にこの家を継がせるのをためらってたし、今でも言葉を選ぶ。それだけのことがあるんだろうと思ってるんだ」
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