夏之夜

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「どこから話しましょうかね。家の始まりは数百年も前になるのだと聞いたことがあります。文字を思いのままに扱える力はどんな時代も重宝されたのだと。ただし、書いた文字の通りのことが起こせるとなると、欲が絡めばどこまでも堕ちてゆく力です。周りから恐れられるほどに力を誇示するようになった時、疎まれて一時は一族のほとんどが絶えたこともあったそうです。けれども歴史の舞台には立たないように、ほんの一握りが隠され生かされました。僕たちはその末裔ということになります」 登と瑚珠はこっそりため息をついた。 二人とも力や名誉には何のこだわりもなく、むしろ何ごともなく生きたいたちだ。 「渓さんの長兄や次兄は身内の争いに巻き込まれて命を落としました。残されたのは何の力もないとされていた三男の渓さん、そして渓さんの双子の弟の(りょく)さんです」 思いもしないほど近い時代に争いがあったことを知って、二人は顔を見合わせた。 「知っておられるかもしれませんが、力があるほどそれを隠して育てられるんです。渓さんが初めて力を意識したのは成人を過ぎてからだそうです。緑さんは力を使うことなく幸せに結婚をし生を終えられたとのことです。渓さんはそれまで家庭を持つことはありませんでしたが、緑さんの子の(りょう)さんを養子として迎えました。それがお二人のおじいさまですね」 「それ初めて聞いた!」 瑚珠が声を上げた。 「じいちゃん何も言わなかったのも同然だからなあ」 登は飄々とした祖父を思い出しながら顎をかいた。 「力で物ごとをねじ曲げられるのを知っていればこそ、欲を持たないように育てることは難しいことです。反対に欲は生命力の強さにも繋がりますから、欲がなさすぎれば健康を保つことはできない。登さんが健やかに育ったのは奇蹟にも近いことです。瑚珠さんにしても、無数に飛び込んでくるモノの心を聴きながらの暮らしは想像を絶するものがあります。普通なら心をなくしていてもおかしくない。あなた方はご自身を、そしてお互いを大切にしてください」 昂は二人を見つめた。 0053879e-ae4b-4915-bd3a-bfb85576d209
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