1話

6/8
前へ
/115ページ
次へ
 あやのは所謂恋バナが好きなはずで、萌加のアツシ先輩推しトークにも喜んで乗っていたのに、今の会話の応酬のなかで何も発言していないことに初めて気付いた。  ぼうっとスマホを眺めているあやのの手元を覗き込むと、画像フォルダに赤ん坊の写真が沢山収納されている。先日生まれたばかりの弟の画像だ。文句が出ないのを良いことに隣から手元を覗きこみ続けていたら、一枚の写真が表示されたところであやのの手が止まった。それは命名書を貼ったベビーベッドの周りであやのの両親とあやのが笑顔で写っている画像だった。 「可愛いね、弟くん」 「タイキはすっごく可愛いよ……。可愛い、うん。それに、ママもパパもうちも、この時本当に嬉しくて、幸せで、いい家族っぽかった」  かろうじてミナの耳に届くだけの声で言うと、あやのは画像を閉じてしまった。いい家族っぽいとはなんだろう、と思っても、触れてはいけない雰囲気があった。ミナはとっさに話を転じて、恋バナの輪にあやのを引き込もうとしたが、あやのはどこか上の空のままで、熱を持ちはじめたスマホを握っては、手の汗をスカートで拭いていた。  結局あやのは、弟の世話を手伝いに帰らなきゃ、と五時の鐘とともに帰ってしまった。夕飯の準備のあとで、母親は夕寝の時間が欲しいだろうから、と。赤ちゃんというものは常に目を離さない人間がいないといけないものだと、ミナはその時に初めて知った。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加