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1話

 旧校舎は使われないまま、グラウンドの奥にあった。  正門を正面として見れば左手だ。奥にある、と言う時に起点となるのはグラウンドを挟んで向かいにあたる新校舎だ。新校舎の二階の、二年三組の、窓際の前から四番目の席から、戸川ミナが眺めると、いつでも蔦をからませて旧校舎はあった。  旧校舎は元々は旧日本陸軍の所有する建物だったという。屯田兵を元にした歩兵連隊があり、その遺構であるとされている、というところまでは細かいので大半の生徒は知らない。  まだ現役の校舎として使われていた時代の兄弟や両親から、旧陸軍兵士にまつわる怪談を聞いている生徒も少なくない。ミナの通う中学において、学校の怪談とはすなわち旧校舎にまつわる旧陸軍兵士の霊のことであった。ほとんどの生徒は、郷土史に興味などないものだから、漠然と「昔の兵隊さん」を各々にあたう限りのおどろおどろしい雰囲気で想像しているだけのことだ。  小学校のころに聞いていた、歩く人体模型も、三番目のトイレに出る霊も、建設からまだ十年も経っていない新校舎には現れそうもない。人間の側の想像力を働かせるだけの薄暗がりというものが、そこには無いのだろうと、霊というもの自体を信じていないミナは考えている。  その点、蔦の絡まる旧校舎は、その歴史から連想される物語も相まって、きっと愉快な集団幻覚に満ちていたのだろうとも。
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