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何もない暗闇。 見えるのは朧げな白い一本道のみ。 「俺は今、どこを歩いているんだ」 閉所恐怖症のように心情は解放できない。 何も見えないうえに足元は不安定。 道から逸れれば転落する崖にも思えてならない。 「どこまで続いているのだろ」 先は見えない白い道。 白い珊瑚が敷き詰められたような道。 よく見ると・・・骨? どうにも疑いたくなる。 人なのか動物なのか見分けがつかないが、紛れもなく骨が砂利道のように敷かれている。 「一体ここはどこだ」 音もなければ臭いもない。 歩く足音も聞こえない。 白い道が唯一の道標。 やや坂道に差し掛かると枯れ木で創られた崖。 「一歩、横にでも踏み出したら・・・」 そう思うとゾッとした。 こんな光景は絵や本見たことがある。 無理やりでも記憶から探し出す。 黄泉平坂・・・。 「だと、したら俺は一体・・・」 そういえば身体の重みさえ感じてなかった。 「そうだ。ここはお前の思う世界だ」 暗闇の中から声がする。 誰かいるのか? とは思いつつここは一本道。 暫く歩くと人影が見えた。 「誰だ・・・」 恐る恐る声を出してみる。 「何も感じていないのに会話は出来るのか?」 道端に立つ人影がはっきりしてきた。 「う・・・」 驚きで声が出ない。 男のようだが髪が背中まで長く、骨格が見えるくらい痩せこけている。 まるでミイラのようだ。 「会話出来なければ不便だろ」 五感の最小限は伝わるようだ。 視力は近く。 聴力は雑音が無い。 会話程度の口。 空気が触れ、空気を嗅ぐ。 自分以外の者がいると一瞬でも安堵を感じる。 近づくと人には見えるが皮膚は爬虫類のような鱗がある。 人とも獣とも見分けがつかない。 「俺か?俺は鬼だ」 鬼と聞いて身体が小刻みに震える。 しかし、今までに見聞きした鬼とはかけ離れてる。 「お前が思う鬼というものは、角があり、赤だの青だの色があり、虎皮を身に着けてるものだろ」 子どもの頃からおとぎ話や映像で言われているのはそんなものだ。 「あれは人間が実物を見ていないのに勝手に想像したものだ」 確かに実像など見ることは出来ない。 危険な場所や個人の都合の悪い場所。 そこから人を遠ざけるためにお化けや妖怪など想像で作られたものだ。 それを戯言で世間に広めてしまっている。 鬼がいるということは、自分が思うこの世界は黄泉なのか。 真っ直ぐ歩けばあの世へ辿り着くのか。 鬼以外には白い道しかない。 立ち止まっても振り向いても何もない。 ただ恐怖心が湧くだけだ。 一歩一歩骨を踏みしめる感覚。 ごうごうと濁流のような音が聞こえる。 直接音を聞くというより、鼓膜付近が響いているようだ。 「川があるのか?」 すると白い道が横に割れ、奥深く水が流れている。 水といっても透き通ってはいない。 赤くどろどろと流れ、赤い飛沫が上がる。 生温かさと生臭さも感じる。 「これって・・・血?」 感じるのことのない寒気。 皮膚で感じるのでなく、上半身の神経が小刻みに震えている。 「ふふ、怖いか。それは三途の川だ」 三途の川といえば奇麗に透き通った水と周りには花畑が広がるイメージ。 血のような水がおどろおどろしく流れるものではない。 「花畑なぞあるわけがない。それも人間が綺麗事に語っただけだ」 想像の世界だが今まで語られた「あの世」が覆される。 「その川は生物が溶け血が混ざった岩漿が流れている」 そう言われると生温かい気嵐が水面を這っている。 「これに飲み込まれたら地獄行きなのか・・・」 何としても三途の川を渡ろうと考えた。 「残念ながら渡れないな」 「えっ?」 「さっきも言ったが、人間の想像ではない場所だ。金でも渡せば通れると思ったのか?」 鬼は説教染みた口調で言った。 橋も渡し船もあるはずはなかった。 「金なんか貰っても買うものなんかありゃしない」 白い道と赤い川以外何もない。 鬼の言うとおりだ。 「では、ここから先はどこへ?」 「この川に入るのさ」 川に入り溶けて溶岩としてなれというのか。 「あの世」とは一体・・・。 頭の中は混乱した。 「ここからどの世界へ行くかはおまえの心がけ次第だ」 「どういうことだ?」 「現在に戻るのか、今を捨て次世代へつなぐのか、過去を忘れるのか、生まれ変わるのか」 自分を捨ててまで生まれ変われるものなのか・・・。 「いいか、よく聞け。お前は病に倒れた」 「何故それを?」 「鬼は何でも御見通しだ」 病に倒れ、生死を彷徨っている。 今、自分はここにいる。 鬼は過去を知っている。 元に戻るかはここで決断しろというのか。 鬼の役目は幽体を導きその人の意思を尊重すること。 「自身の意思で自分の世界を作れってことか・・・」 もう一度川を覗く。 意思もなく川に溶けてしまえば地表に閉じ込められたまま。 白い道の骨は溶かされた残骸だった。 「地上では溶かされたものを燃料に使う。人間は罪なものよ」 「燃料?それって石油のことか?」 地上に生存した生物が長年の間溶けて地下に蓄積された。 石油とはそういうものだと鬼は言う。 「それもあと数十年で無くなるからな。自分で自分の首を絞めてるようなものだ」 何とも理解しがたい話だ。 黄泉と直結しているというのか。 「だから自分で自分の意志を持てというのだよ」 生きていけと悟られてるようにも聞こえる。 再び川を覗くが煮えたぎって熱そうだ。 「安心しろ。痛くもかゆくもない。ここまで来るのに気づかなかったか」 ここまで来るのに歩いていても踏んでる意識はない。 何の感触もなかった。 「あとはおまえの魂が何処へ向けばいいかだけだ」 鬼の言葉に深呼吸する。 そして意を決して赤い川へ飛び込んだ。 白い道は消え、鬼も消え、暗闇だけが残った。
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