夏の百鬼夜行

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 それは、夏の夜。  換気の為に開け放った窓から、温い風に乗って、太鼓と笛の祭囃子が聞こえてくる。始まりはいつの時代だったか知る人間も少なくなっただろう曲が、音割れしながら流れている。  流行病で各地の盆踊りが中止される中、我が町は今年の開催を敢行した。一体どれだけの人数が集うかはわからないが、『感染対策は徹底して行います』と、町内会報に書いてあったっけか。  まあ、どうでもいい。あたしには関係の無い話だ。あたしの問題は別にある。  窓の外から室内に視線を戻す。目の前の文章アプリケーション画面は、冬の雪原のように真っ白。一文字も書けてやいない。 『このジャンルではご高名な先生には是非、夏の終わりに出る季刊誌にご寄稿を!』  チャット画面の向こうで揉み手をしながら、編集者は満面の作り笑顔であたしに媚を売った。  そう。寄稿。あたしの原稿には、もう金を払う価値が無いと見做されている。  自分で言うのも何だが、これでも数年前までは、オカルト小説界隈では名の知れた一人だったのだ。日本の怪奇現象を集め、安倍晴明を紐解いたシリーズなんて、それなりに売れ、印税だけで暮らせた時期もあった。  だけど、人の興味は移ろうもの。世は栄枯盛衰。  今の若い子はあたしの名前を知らないし、まめにファンレターをくれた人達も、今は別の売れっ子に熱を上げている。  忘れられる。  老いる。  そして人知れず、この世から消えるだけ。  深々と溜息をつき、余計に頭が回らなくなるのを自覚しながら、発泡酒をあおぐ。  酩酊感に身を任せながら、後は居もしない小人さんに全てを託して、ベッドに飛び込もうかと思った時。  エイヤサ エイヤサ  そこのけそこのけ 鬼通る  突然外から聞こえてきた、軽妙な歌声に気を惹かれ、窓に取り付いて、道路を見下ろす。  そして、我が目を疑った。
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