僕を呼ぶ声、私の叫ぶ声

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 今回の土砂災害発生箇所は以前より一部の専門家から危険性の指摘があったということである。災害発生を防げなかった理由の一つとして、集落から離れているため砂防ダム等の整備が先送りにされていた、と国がまとめた土砂災害調査委員会報告書には記載されている。しかし同地が無人の地となったのは、それほど古くはない。元々は人家の多い場所だった。  太古の昔から人が住み着いていた形跡は残っており、その一部は博物館に収納されている。旧石器時代のものとされる大量の黒曜石と人骨を含む様々な動物の骨、縄文時代に建設されたと推定された環状列石の遺構、弥生時代から古墳時代にかけて使用されたと思われる土器や解読不能の記号が彫られた粘土板の断片その他の遺物が発見されているが、研究は進んでおらず、その大半が倉庫の片隅で埃をかぶっているのが現状である。  文献上に現れた最初期の記録は記紀(古事記と日本書紀)にあり、天皇に派遣された将軍が同地に籠る(まつろ)わぬ民を征伐したとある。これはヤマト王権による地方服属の過程を示していると考えられている。土蜘蛛(つちぐも)両面宿儺(りょうめんすくな)と同じく中央政権に抵抗する地方勢力が、この土地に暮らしていたのだろう。  王朝国家の成熟期には御多分に漏れず中央の有力貴族や寺社の荘園となるが、その運営を担っていたのは土着の山人や過酷な律令体制からの逃亡者であり、これらの民草がやがて武士と呼ばれる階級となったものと思われる――が、それはこの際どうでもよい。この土地は権力の主体が公家から武家に移る源平争乱の頃には、平家の落ち武者の隠れ里ともなっている。この間ずっと魑魅魍魎や鬼の類が出没するという噂が絶えない土地であり、それは中世から近世へと時代が移り変わっても変わらなかった。そう書くと、何やら秘境中の秘境といった感想を抱かずにはいられないが、実際は違う。南北朝時代から室町時代にかけて鉱山が開発され方々から人々が集まり大層賑わったとされているし、戦国時代には荒木村重の居城である有岡城(伊丹城)や後北条氏の小田原城のような総曲輪(そうぐるわ)(城下町まで城壁内に収容した城塞のこと)の巨大な城郭都市が築かれていた。もっとも、その巨城は地滑りで崩壊したと伝えられており、今日ではわずかな痕跡を残すのみである。また、鉱山の採掘量が減少して閉山に至り、さらに鉱毒の汚染が広がり人々の健康を損なう程度にまで生活環境が悪化したため、江戸時代末期に至って集落は寂れた。  この地が再び歴史の表舞台に躍り出るのは明治に入ってからである。とある新興宗教団体が半ば忘れ去られた同地に入植した。信者たちは壮麗な神殿や道場そして宿泊施設を次々に建て、次第に参拝客も増えて大いに栄えたが、官憲の大弾圧で衰退してしまった。今は訪れる者も少なく、従って山林の保全や土壌流出の点検および道路の手入れといった取り組みはなされていなかった。従って土砂災害が発生する要因は複数あったと結論付けられる。災害の犠牲者が産業廃棄物の不法投棄を行っていた犯罪者だけで済んだことは、不幸中の幸いといって構わないだろう――と、記事は結ばれていた。  犯罪者だからといって死んで構わないとは酷い言い草だ、と私は思った。事故について書かれた他の記事はないかとAIに訊いてみたが、さほど興味を引くものはなかった。そもそも、この災害に関するネットのニュース記事はそれほど多くない。まあ、それもそうだろう、とは思う。山奥で発生した土砂災害で、行方不明者は四人だけ。夏になれば毎年、豪雨による自然災害で犠牲者が多数出る日本にあっては、驚くような数字ではない。しかも産業廃棄物を不法投棄している真っ最中に事故に巻き込まれた、とあれば天罰が当たっただの自業自得だの、死んだ者を叩くだけ叩いて終わるのが落ちだ。一般人は誰も興味を持たないし、担当の役人を除けば行政の人間だって知ったことじゃない。行政の末端にいる私も、自分の肉親が行方不明になっていなければ気にしていなかったと思う。いや……自分が本当に気にかけているのかと言われれば、そんなに気にかけていないと答えざるをえない。この災害で行方不明となった父親とは疎遠だった。離婚した母親について行って以来、連絡を取ったことがなかったのだ。自分の父親が死んでいるとも生きているとも知らずにいたって日々の生活に支障はない。平穏無事な人生は続く……と思っていたけど、あらら、そうは問屋が卸さないってやつだった。物理学者の寺田寅彦が言っていたアレ、天災は忘れた頃にやってくるっての、本当だわ。消防と警察から連絡が来て「あなたのお父様が所有するダンプカーが土砂崩れの現場で土砂の中から発見され、お父様と連絡が取れない」と言われて、これが青天の霹靂かと実感。あんな奴、知らない。知らねーって! と怒鳴って電話を切ったら、さぞ爽快だったことだろう。あいつのせいで私たち母娘の人生はおかしくなってしまったのだから。でも、民間人ならともかく同業者だと後々面倒なことになる。覆面パトカーで自宅まで迎えに行くとのご厚意を感謝しつつも丁重にお断りして自分の車で事故現場へ向かった。土砂崩れの現場から掘り出されたダンプカーは全部で三台。車内には誰もいなかった。土砂を片付けても見つからないので、行方不明者は土石流と一緒に沢を下って下流へ流された可能性がある、と捜索の責任者から説明を受けた。下流でも発見されなかったら海まで流されたかもしれないのでダイバーが捜索する、とのことだった。そこまでせずとも、と内心は思ったが「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。警察署で事故に関連する書類を作成する際、職業を警察官と告げ身分証明書を提示したら驚かれた。そりゃそうだ。頭が金髪で鼻と口唇ピアスの婦人警官は普通、いない。潜入捜査官だと説明して、また驚かれた。潜入捜査中なので、連絡を取るのが難しい場合が多々あると伝えたら、恐縮された。こちらこそ、あの男のために面倒を掛けて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。もう探さないでください、税金がもったいないので。そう言いたくなる思いを堪えて警察署を後にした日から、かれこれ何日くらい経っただろう? 仕事が忙しくて、それどころではないのだ。ほら、こうしている間にも業務用のスマートフォンが喧しい。 「もしもし、景気はどうよ?」  電話の主は湾岸エリアを縄張りにしている犯罪組織を取り仕切っている男だった。私の内偵捜査の対象者だ。 「悪くない。そっちはどうよ?」 「ちょっと厄介なことがあって」  そりゃ素晴らしい、と思っても口には出せない。 「お気の毒に」 「で、手助けしてもらいたくて」 「ドンパチならお断りだよ」  電波の向こうから笑い声が聞こえた。そんなに面白いことを言ったかな? 「いやいや、そういうのは頼まない。いつもの仕事だよ」  私は犯罪組織の助っ人をやっている。平手造酒(ひらてみき)だとか桑畑三十郎みたいな武闘派の用心棒ではない。法律顧問とか税務相談といった幅広い知識を要求される知性的なアシスタントだ。裏をかかれる格好の税務署員は私を非難したいだろうが、いずれ脱税の証拠を取り揃えて国税局査察部つまりマルサの連中に提供するつもりだから勘弁してもらおう。 「新しい儲け話か、羨ましいよ」 「まあね、どうなるか。うん、そんなことだ、じっくり話したい」 「いいとも」 「俺の船に来てくれ。迎えをやる」  アル・カポネの王国が滅亡したのは巨額の脱税発覚が原因で、私に電話を掛けている男が破滅するのは私を信用してしまったせいだ。私は生まれながらの裏切者なのに――などと、今さら言っても仕方のないことをグダグダ考えながら出かける支度をする。ばっちりメイクが完成するまで十秒もかからないのが密かな自慢だが、その話はまたの機会に。自宅として使っている廃工場を出て、隣にある廃業した釣り船屋へ通じるフェンスの穴を潜り抜ける。船着き場の横にある掘っ立て小屋で野良猫と遊んでいるうちに手筈通り迎えのモーターボートが来た。操縦する男と挨拶を交わして船に乗り込む。運河を出て外海に向かう。少々、波が荒かった。船酔いに備えて酔い止めの薬を飲んでおくべきだった。日差しも強い。海面からの照り返しが眩しい。全速力で疾走しているので風はあるが、それだけじゃ物足りない。生暖かい風ではなくて、涼しい風が欲しいのだ。海に飛び込みたい。暑すぎる。 「暑いですね」  操船する男が話しかけてきた。私も同じ言葉を繰り返した。モーターボートのエンジンがうるさいので、必然的に大声となる。怒鳴っていると思われたら心外だ。好みの顔をした男なのだ。 「もうすぐ着きますんで」  モーターボートの助手席に座るべきだった、と航海じゃなかった後悔する。後部座席からだと話しにくい。服装も、もっとフェミニンなものにすべきだったか? 私には似合わないけど。そもそも持ってないし。  何を話したらよいものか……と悩んでいたら沖合に停泊中のクルーザーが見えてきた。二人きりの船旅は、もう終わりなのだ。がっかりだ。こんな悲しいことってあるかよ! あるよ。親しくなっても、すぐにお別れなんて、ざらにある。親しくなる前に別れることだって、普通にある。大体にして、この男に本当に情が移ったら、私は破滅することになるだろう。そして私の野望の王国は空中楼閣のままで消え去る。それは耐えられない。一方、失恋の痛みは耐えられる、なんぼでも。さらば、ちょっとだけ愛した男よ。私の成績アップのために刑務所へ行け。  いずれ刑務所送りとなる操縦席の男はクルーザーの隣にモーターボートを横付けした。クルーザーの舷側に下げられた梯子に足を掛けたら、さらば愛しき男よ! が優しい言葉を投げてくれた。 「気を付けてください」 「あ、あ、どうも、どうもありがとうね」  不覚にも緊張して呂律が若干ではあるものの回らなかったことに気付かれたくない、でも気付いて欲しい、みたいな揺れる乙女心と揺れる船の狭間で、ほんの一瞬、時が止まった。そう、それどころの騒ぎではないかもしれないのだ。潜入捜査官であることがバレたのか? 疑われるだけでも十分に危険だ。ここは海の上なのだ、船の上で殺されて、そのまま海底にドボン! というのは断じて避けたい。  だけど、そんなことを犯罪組織の一員が言うわけない。警告なしにバン! で話は済む。無表情の私に、男は爽やかな笑顔を見せた。 「注意するのは、乗り移るときだけじゃないんです」 「はあ」 「びっくりなさらないでください。ちょっと、突拍子もないことになってますので」 「は、はあ……」 「とにかく、お気を付けて」  その話に気を取られ、梯子から滑り落ちそうになりながら船上へ登る。船室から電話の主が顔を出した。 「よお、ご苦労さん」  小粋な船員帽をかぶっている。前に会ったときはナチス・ドイツの悪名高き親衛隊の軍帽をかぶっていたから、TPOをわきまえたファッションを心掛けているのかもしれない、知らんけど。  船員帽をかぶった電話の主は私を船室に案内した。私の後からモーターボートを操船した男が続いて船室に入ってくる。何やら緊張感が漂っていた。私に対する敵意は窺えない。だが何か、重苦しい雰囲気がある。空気を読むことに巧みな私は船室を見回して褒めた。 「素敵なキャビンですねえ」  褒め言葉を語る際のイメージとして私はテレビ番組の『渡辺篤史の建もの探訪』の、あの柔らかな物腰を再現してみたのだが、それが功を奏したのか船室内の淀んだ空気が一瞬、澄み切った感じがした。そう、一瞬だけ。 「儲け話になるのかどうか、これが分からないんだけど」  そう前置きして電話の主はテーブルの上にタブレットパソコンを開いて置いた。このパソコン、これも褒めるべきなのだろうか……逡巡していたら操船した男が画面を操作した。 「これをご覧になってください」  私はタブレットパソコンの画面に表示された映像を眺めた。
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