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「お腹空いたり、喉乾いたら言ってね」
「はぁ……こんな暗闇じゃ飲食出来そうにないっすけどね」
「じゃ~ん!」
枕元から取り出されたリモコン。ヒメはそれを風雅の顔の前でチラつかせ、意地悪く笑っている。
「ちゃんと照明あるんですね」
「お酒もあるよ~。飲む?」
「俺、下戸なんで……遠慮しときます」
「へぇ~……カエル君?」
「カエルくん?」
「ゲコ、ゲェ~コッ、ゲコゲコォ~」
「はははっ……面白い方ですね、ヒメさんって」
まるで、純粋無垢の子供のような。そんな彼女の言動に風雅は緊張を溶かされていく。今日が初対面だと言うのに、警戒心がまるで無い無防備な姿。下心よりも、愛着や馴染みやすさが軍配を上げる。
「ヒメでいいよ。さんなんて要らない」
「いきなり馴れ馴れしくないっすか?」
「ふふっ……ふう君は私にそれを求めたのに?」
「あぁ……俺はほら、畏まって喋るような奴でも無いですから」
「ふぅ~ん……謙虚なのはいい事だけど。君は自分に自信が無いみたいね」
「えっ、」
妙に鋭い意見。けれど、それに対して弁解をする前に彼女は身体を起こしてーー風雅を睨むように見つめた。
月明かりと蛍の光が照らした、青色の冷たい眼差し。その眼力の鋭さは獲物を定めた捕食者のよう。
「ヒメだよ。ちゃんと、そう呼んで?」
「あのッ……」
「ヒ~メッ」
いきなり迫られ、内腿をゆっくりと愛撫する掌。耳や首筋に吹き掛かる生温い吐息。風雅の困惑、彼女は気付いてるのか気付いていないのかーーかぷっと甘噛みされた耳朶。例え、その気がなくても唆られる情欲。だが。
「ひめっ……!!」
「へっ?」
風雅は彼女の肩を鷲掴みに、自分から引き剥がして。
「……これでいいです?」
唖然としているヒメに向かって困惑気味に笑ってみせる。
すると、表情は見えなくとも彼女は事態を理解したのかーー笑った。それはもう、悪戯好きの子供なような顔で。
「ダメだよ。敬語も嫌だ」
「我儘っすね……」
「だって敬語だと、距離……遠く感じるじゃない」
神妙に胸へと寄り添われ、腕を掴まれたかと思えば、その指は滑からに下へと落ちて、袖をぎゅっと掴み。
「ふう君?」
「何ですか?」
「どんなに重装備でもね、ここは隠せないんだよ?」
どきどき、うるさい位叫んでるもん。
胸への頬擦り。「大胆ですね」なんて閑話をする暇もない位に、完成された雰囲気。風雅の視界の先、明滅しながら光る蛍がぼやけていく。
「ヒメは俺にどうされたいのっ……?」
微かに震えた声と共に、ヒメを片手で抱き寄せて。彼女の瞳に映るのは、目を潰す位に閉じて、堪えた口元を隠さない白狐面の男。
「どうもされたくないよ」
「えっ」
「どうかしたいの」
「どうかしたい……?」
「うん。お互いに、ね」
唇の端っこに触れた、濡れた柔らかい感触。風雅が咄嗟に口元を覆い隠した、その刹那ーー視界が一気に現実を焚き付けた。
蚊帳の外、そこには高級宿のような一室が広がり。目の前には、リモコンを天井に向けて立つ、ヒメの姿があった。
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