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「……お酒、飲んでみる?」
悪魔のような、天使のような。蠱惑的な微笑が風雅を存分に魅了して。
「駄目だよ。酔ったらヒメに何しちゃうか分からないから」
「ふぅ~ん。変わった人……」
どうにかなっちゃえばいいのに。
嫌に無機質な表情を置き去りにして、彼女は蚊帳を出て行く。そこに刻まれた杞憂。風雅は溜息をひとつ溢して、布団へと寝転んだ。
(ちゃんと任務遂行出来るのかな、俺……)
そんな彼の心境など読める筈もない、読む気もないであろう彼女が二本のお茶を抱えて戻って来る。
起こした上半身。渡されたそれを風雅が飲めば、彼は自分に当てられる強い視線に気付き。
「なに?」
くすくすと肩を震わす彼女に、またも困惑させられる。
「こんな時期に仮面なんてして……暑くないの?」
「暑いよ」
「だったら取っちゃえばいいじゃん」
「それは駄目」
「何で?」
「先輩達にこっぴどく叱られるから」
「そっかぁ~……大人でも叱られるのは嫌だもんね」
「うん、嫌だね。俺の先輩、怖いしさ」
「ふう君、可哀想。こんなに暑いのに……」
こてんと肩に凭れかかって来た重みに、折角取り戻した平常心を揺さぶられ。彼はまた、彼女に鼓動を遊ばれる。
駆け引きなんてするつもりもなければ、されるつもりもない。だって、これはれっきとした仕事だ。そして、彼女もきっとそうで。
それならば、手を出すつもりなんて微塵もなくてーー彼は真面目で誠実な男だ。ついでに、女遊びは愚か、女そのものに慣れていないらしい。
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