私の母は

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私の母は小説家だった。ヒット作なんか一作もないし、万人に好かれるような小説はかかなかった。淡々と進んで気まぐれのようにクライマックスが来て、オチなんてかけらもなく終わった。私はそんな母の作品に何気ない毎日の温かみを感じた。母は毎日黙々とパソコンに向かった。暗くなったことにも気づかないで一日中メガネにブルーライトを映して。母の容姿は、綺麗だったことも綺麗になることもないだろう、というくらいには格好悪かった。 母は1人で私を育てていた。だからずっと小説を書いているわけにもいかなかったのだろう。私が中学に入った時、母は小説を書くのをやめた。代わりに昼間はパート、夜は水商売をはじめた。母は小説から解放されたと言った。そして、家にあまりいなくなって、私から離れたのだと思う。 母はよく私を抱きしめた。頭を撫でられたこともあったが、母の手は細い割に強くて痛かったから、痛いと伝えたら、それからは撫でられなくなった。そのかわりと言うように私をよく抱きしめて、私は母の柔らかい体温と固くて弱い骨を感じた。私はそれ以上の愛を母に望むことはなかったし、母もきっと愛し方をこれしかしらなかった。 家のポストに2通の手紙と、チラシが入っていた。1通は富田 心様と書かれた私宛の友達からの手紙。もう1通は富田 久里子様と書かれた母宛の手紙。また何かの請求書が送られてきたのだろう。母の前ではお金の話は一切しないようにしている。一度、スーパーでお菓子を一つ選んでいいよと言われた時、お金かかるしいいよと答えたことがあった。すると母は、お菓子なんて大して高くないからと怒鳴った。怒鳴られるなんて思ってもいなくて、とてもびっくりした。だから私はもう一ミリもお金のことに触れたくないし母も触れられたくないだろう。 夜ごはんは1人で食べている。ほぼ毎日1人だ。ご飯を炊いてケチャップをかけて食べたり、母が冷凍庫に冷凍食品の焼売を入れておいてくれて、それを食べたり。明らかに栄養はなく、健康的でないものばかりだが、私には日常が1番の宝物で、栄養のないご飯も大切なものだった。でも時々、母がパンケーキにフルーツをたくさんのせた物を作ってくれる。それが朝、机に並んでいるのを見た時は心がドキドキした。母はおにぎりを作るのが得意だ。一緒におうちで過ごせる日は、3食のうち一食はおにぎりを作ってくれる。母のおにぎりは家庭的で温かみがあると思う。キャベツ味噌汁や野菜炒め、誕生日にカレーを作ってくれたりもした。あまり難しいものは作れないそうだが、私には十分だった。 私は母をくりちゃんと呼んだ。母は小さい時からそう呼ばれていて、私の小さい頃から「おいで、こころ。くりちゃんだよ」と自分のことをくりちゃんと呼ぶようにしてきたようだ。だから私は自然と、母をくりちゃんと呼んだ。 雨が降っていた。気づいた時は、母が仕事に出ていて、仕事終わったよと連絡が来たばかりだった。私は母に傘を届けようと、そうしたら喜んでくれるだろうと、母の働く店に向かった。1人でお店まで行くのは初めてだった。 道のど真ん中だった。赤く光る傘の下から、スーツを着た、自分よりずっとずっしりとした足が覗いた。その足から気持ち悪い声が聞こえた。しばらく何かを言われたが、恐怖で体が震えてまともにきけなかった。怖かった。気持ち悪かった。隙をついて、すみません、と急いで逃げた。なぜか湧き出てくる罪悪感と母がいない心細さで、胸が軋んで、ぼろぼろと泣いた。涙に光る街のネオンが愛おしかった。私にはそれは母の色だった。水商売をする美しい母の色、そして、一日中文章を書いていた醜い母の色でもあった。文章を書いていた母はとっくに、いつも締め切ったカーテンを照らす生暖かいライトの色に染まっていて、それが町のネオンの生暖かさとよく似ているのだ。 涙と人混みにぼんやりと霞んだ私の目が、母の歩いてくる姿を映した。少しフラフラとしていて、長く巻かれた黒髪を湿らせて、とても綺麗な母だった。くりちゃん、前よりずっと綺麗になったんだなあって思った。母が、涙でぼろぼろにした顔で歩いている私を見つけて、心配そうに顔を歪めながら走ってきた。 ーくりちゃん。傘を届けにきたよ。 ーどしたのこころ。そんな泣き腫らした顔して。 話を聞いた母は、もう何かあったんなら携帯に連絡しなさいよ、と微笑んで私を抱きしめた。 私は昔、母に抱きしめられた時にほっぺにあたるメガネの感触が好きだった。それが私にとって、母に抱きしめられている、と実感を得られるものだったから。でも今それはない。母がどこかに飛んでいってしまいそうな不安に襲われる。華奢な母だ。簡単に浮いていってしまいそうだ。漠然とした不安に襲われている娘に気づいていないのか。こんな思いをさせてまでそんな仕事して、着飾って、馬鹿みたい。 母は難しい人だった。家に帰るや否や突然と泣き出したり、布団から出てこなかったり。母がこぼす愚痴は、何を言っているのか理解ができなかった。そういう時、私は自分が一人ぼっちになったように感じた。小説を書いていた時はそんなことはなかった。母はあの時きっとむりをしていた。学校でもレベルの低かった私は自分の感情で精一杯だった。 母は美しかった。メガネをかけた、小説を書く母の目も美しかった。水商売で働く母も、強くて儚く美しかった。母はきえた。私の前から気づいたら消えていた。長くて、一瞬だった。通り魔に刺された母は綺麗なお腹を汚された。それでも母から流れ出る血はきっと綺麗だっただろう。地面を赤く染めて、消えた。母は生物として、完璧に生きて、完璧に死んだ。誰がなんと言おうと私の価値観は母が作ったものだから 、いつまでもずっと母は完璧だったと言い続ける。そして実際母はすごい人間だった。私にはきっとできない。貧相な体を抱えて、母の美しさに蝕まれた心を抱えて、母のようには、生きられない。全部母のせいだ。くりちゃんのせいだよ。貧乏でも無謀に、小説家で生きようともがくくりちゃんでいなきゃダメだった。私をうまく愛せなくても、私から離れちゃいけなかった。そのせいで私が1人になったんだ。一緒に行こうって約束した遊園地だっていってないままで、私の友達のお母さんと仲直り結局しなかった。おかげで軽くハブられてるままなんだけど。くりちゃんが自由に生きたから、変なとこで諦めたから、全部が重なってこんな私になっちゃったんだよ。全部が重なってひとりになっちゃったんだよ。本当に私の母親だって思ってたんなら、くりちゃんは美しさを間違えちゃったんだよ。そんなくりちゃんを私はもう愛せない。こんな気持ちで愛しちゃいけない。大嫌い。今も昔も。 私は訳もわからないまま周りに流されていく中でずっと涙をながし続けた。母の写真を見てスカートの裾を握りしめて泣いた私は、きっと母の事が心から、大好きだった。母が私を抱きしめた時に、眼鏡の時よりずっと感じられるほっぺの、前よりずっとさらさらした感触。お菓子みたいに甘い香り。本当は大好きで、愛おしかった。大好きだったから大嫌いなんだ。私は、もう二度とそれを感じられないから泣いているんだ。 もっと言えばよかった。もっと一緒にいて、一緒にごはん食べて、抱きしめるだけじゃなくて、いっぱい優しい言葉かけて、少し痛かったけど撫でてくれて本当に嬉しかったんだ、って言いたかったこと全部言えばよかった。それで、また一緒に冷凍のご飯を食べられたら、寂しかったよって、伝えるんだ。でももう戻れない、母は帰ってこない。単純な話だ。ただ死んで、私の前から消えただけ。家を出て行ったわけでも、自殺したわけでもなく、通り魔に殺されたのだ。苦しかったか、悲しかったか、私のこと最後に考えた?痛みで頭がいっぱいだった?でも結局は一瞬のこと。消えてしまった母は今は苦しんでも悲しんでもいない。私は、息の仕方が思い出せなくて、喉に引っかかった空気が苦しいの。悲しいのも、辛いのも、怒りだって、不安だって、全部私が持ってる。私しか持ってない。あぁそっか、私は矛盾し過ぎている人間だけど、自分の母親の事くらい存分に愛していいんだ。愛しているなら私は大人になるのを待って一度死のう。くりちゃん、未来のある私の体を使って、これからを生きて。くりちゃんに私の体をあげます。 私は一人の娘の母になった。富田心の体には富田久里子がいる。母は娘を愛と名付けた。そして、娘に自分をくりちゃんと呼ばせた。母は私の体を使ってもなお水商売をした。同じ話し方、愛し方をした。娘はきっと少し辛くて、とても幸せだ。私が幸せだったように。 くりちゃんが私の体に入ったから、私は、富田 心は、からだの奥深くで眠り続けた。眠った瞼の裏に映る、母がこころの体で娘を育てる姿を見続けて。 でも、いつか娘が、もっと一緒にいてって言ったらその時は、ごめんね、よく言ってくれたねって、私が私の体から母を追い出してでも、存分に一緒にいてやるんだ。驚くだろうか、くりちゃんが急にこころになったら。でもやっぱり、娘を1番理解しているのも、1番愛しているのも、きっと私だ。眠りながら、娘を観察し続けた。母が見逃したあいの些細な行動を、私は見逃していない。 くりちゃん大好きだよ。 あい、愛してる。
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