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ガラガラと玄関が開く音。廊下を歩き居間に入って来る青年。
「もう、湊(みなと)遅いよ」
畳みに座り足をバタつかせている女性。
「ごめんごめん、道が混んでて」
「その冗談流行ってるの?」
「最新だよ」
「え~微妙」
「ねぇ、お土産とかないの?」
「持てないじゃん」
「そっか」
青年も女性の隣に座り背伸びをし寝転ぶ。
「あ~畳癒される~」
「ジジくさ。そっちには畳ないの?」
「フローリングの生活だよ」
「えっ?意外」
「姉ちゃん、どんなの想像してるの?」
「いや、想像できないような所?みたいな」
「どんなだよ」
二人は笑い合う。
「父さんとは会った?」
「いやまだ会ってないな」
「ああ見えて寂しがり屋だから会いに行ってあげなよ」
「まだ、いいかな」
「まあ偏屈な人だったからね」
「偏屈と言えばさ、前に親父が旅行に行きたいって言ってみんなで熱海に行ったの覚えてる?」
「覚えてる覚えてる。夕食がしょっぱいだの風呂がぬるいだの文句ばっかり言ってた」
「そうそう。お昼も蕎麦が食べたいって言うから有名な蕎麦屋さんに行った時も、行列見て『並びたくない』とか言い始めて」
「そんなのばっかりだったよね」
「でも母さん死んでからは言葉数少なくなって…」
「うん。そうだ、話したこと無かったけど病室で看病してた時にお父さんがね、珍しく昔話をしたことがあったの」
「へ~、どんな自慢話?」
「それがね、お母さんと出会った時の話だったの」
「なにそれ、聞いたことない」
「お見合いだったんだって」
「そうなの?」
「お見合いのことはお母さんから聞いたことあったから知ってはいたの。昔の田舎だからね、お見合いは多かったらしいよ」
「そうなんだ。でも姉ちゃんには来なかったな」
「へへへ、あんたが知らないだけでお節介な啓子おばさんから定期的に写真見せられてたんだよ」
湊は飛び起きた。
「マジで!?」
「マジで。何人かには会ったのよ、でも真面目な人ばっかりでつまらなかったから断っちゃった。って私のことはいいのよ」
「そっちも気になる~」
「まあそれは置いといて。お父さんは昔っからあの性格で、よく周りの人を困らせてたらしいの。だから仲人さんもなかなか相手を見つけられなかったみたいで…」
「あーなんか想像つく」
「でしょ。でもねそんなお父さんにお見合い相手が見つかったって大騒ぎになって、どんな不細工が来るのかって村中の人が見に来たんだって」
「えっ?でも母さんどっちかって言うと美人じゃん」
「そう。来たのがお母さんで見に来てた男性がみんな歯ぎしりの音が聞こえるくらい悔しがったんだって」
「でもなんで?」
「そう思うよね。後から仲人さんに聞いたら、山を幾つも越えて、片っ端から声かけていったんだって。もうやけくそだったみたい。その時のことはお母さんに聞いたことあるんだけど、頼り甲斐がありそうって思ったんだって」
「まあ確かに。無駄に力強かったな」
「お母さんも嫁いでから、聞いてたお父さん像とはかけ離れていて覚悟して損しちゃったって言ってた」
「親父、デレデレだったのかよ」
「でもそれは最後までずっとだったでしょ?」
「あ~確かに。俺たちの前では偏屈親父だってけど」
「懐かしいね。この狭い家で家族四人住んでたんだもんね」
「お客様いかがでしょう。こちらの物件。築六十年の2K平屋、キッチンは玄関からアクセス抜群の土間仕様。トイレは汲み取り式。お風呂は今時大変珍しいガスを使わないクリーンエネルギーな薪風呂。極めつけが最寄り駅まで徒歩3時間。特典として見える範囲の土地がもれなくあなたの物に。さあいかがでしょう」
「あはは、湊それヤバイ」
しばらく二人で笑い合った。
女性は立ち上がり、和室から縁側がある大きく開かれた窓のそばへ歩きそっと囁くように話始める。
「でも私…ここで、四人で過ごした時間好きだったな」
「なんだよ突然」
「コンビニも、おしゃれな服を買うところも無くて。不便ではあるけどお母さんと料理したり掃除したり、畑仕事するの好きだった」
「……」
「家族で喧嘩しても隠れる部屋がないから、翌日まで持ち越すこと無かったし。お父さんは不貞腐れると面倒だったけどね」
湊も立ち上がり姉のそばに立ちガラス戸を開けると、スズムシの泣き声が聞こえる。
「よく姉ちゃんと喧嘩して親父に外に締め出された記憶があるな…外灯無いから夜になるとめっちゃ怖いんだよ。親父が寝ると母さんがこっそり家に入れてくれたんだよな」
「お母さん優しかったからね。私お母さん大好きだった」
「俺も」
「お母さんに会いたいな」
「いつか会えるさ」
「…私ね、湊が思ってるほど強くないの。私独りで生きているのがつらい」
「どうしたんだよ」
「だって今は独りだから。湊までいなくなっちゃって…」
「姉ちゃん泣くなよ」
「だって、この家独りじゃ広すぎるのよ」
「ごめん…俺、姉ちゃん悲しませてばかりだ。俺さ…姉ちゃんに新しい人生を歩んでほしいって思ってるんだ」
「湊ともう会えないって事?」
「そうなる…」
「それは嫌!」
「姉ちゃん…」
「わかってる、ずっと会うなんて出来ないって。でもまだ覚悟が出来ないの。独りになりたくないの」
「…大丈夫、姉ちゃんの事、忘れないよ」
「ねえ湊、私もそっちに行ってまた家族一緒になれないかな」
「それは…難しいと思うよ」
「なんで?」
「今の人生を全うしてからみんなで再会する方が良くない?」
「それじゃいつになるか分からないじゃない」
「そうだね。でもそれが生きるってことなんじゃない」
「…湊、会わない内になんか大人になったね」
「人は成長するんだよ」
「なにそれ変なの。ねぇ湊もっと早く来られないの?」
「まあ、いろいろあるんだよ」
「なによ、いろいろって、あっちですることなんてあるの?」
「そりゃあるさ」
「例えば何よ」
「まあ、いろいろ…」
「ほら、やっぱりないじゃん。それなら毎年13日には来てよ。待ってるんだから」
「ごめんって」
「毎年、この時期しか会えなんだから」
「そうだね。また泣きそうになってるじゃん。来年は検討するよ」
「どう検討するのよ」
「きゅうりに角を付けるとか?」
「何よそれ」
「ユニコーンだよ、早そうじゃん」
「あんたやっぱり馬鹿だわ。バカは死んでも治らないのね」
「そうかもね」
二人は縁側に座り、夕日を眺める。
「この家から見る夕日だけは最高なのよね」
「そうだね、他は何もないけど」
「確かに」
ゆっくりと陽が沈むのを眺め続けた。
「…そろそろかな」
「え~もう……じゃあまた来年ね」
「うん。また来年」
玄関がガラガラと開く音がしてタタタタと廊下を歩く音がする。
「おとしゃん、おとしゃん」
子供が湊に抱きついて来た。
後ろから女性が入って来る。
「朱里さん元気だった?」
「相変らずだったよ、俺が来るの遅いって叱られた。早く来ても姉ちゃん…いないんだけどな」
「今日が命日だからなのかしらね」
湊が立ち上がり、和室の物置の扉を開くと中から仏壇が。扉を開けると、朱里の遺影が飾られている。
「俺、姉ちゃんを悲しませ続けてるんじゃないかな」
「じゃあ、本当のこと伝える?」
*
◇気持ちが決まらないのなら…2へ
◇姉(朱里)へ真実を伝えるのなら…3へ
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