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「済まない、カレドア」
「そんな……。どうにもならないのですか? お父様」
「済まない」
お父様は眉を顰めて辛そうに面を伏せる。隣に居るお母様は、わたくしより先に泣いていて。家令がお父様の執務室の扉脇に控えているから、其方へ縋るように視線を向ける。でも家令もソッと目を逸らして……やはりどうにもならない事をわたくしは知りました。
「そう、ですわよね。王命ですものね。この国は“王国”である以上、国王陛下の命は絶対。覆せるわけが有りませんものね……」
「カレドア……」
わたくしの自身を納得させるような発言に、お母様がわたくしの名を呼びながら涙を流す。お母様が泣いてはわたくしは泣けませんのに。
「お母様、嫌ですわ。わたくしより先に泣かないで。それではわたくしが泣けませんわ」
そんな軽口を述べながら、じんわりと目尻に雫が集う。笑っているように見えるかしら。そう思いながらも目尻の雫をそっと指で拭う。
「お父様、お母様」
「なんだい?」
「なぁに?」
泣くのを無理に止めたお母様。辛そうな表情のお父様にわたくしは我儘を申し上げた。
「婚約解消は承りました。ですが。ですが、最後にあの方とデート、というものをしたく思います。最後の思い出作りに。宜しいでしょうか」
「ああ、向こうには伝えておく」
「それならば可愛らしい動き易いデイドレスを作りましょうか」
「お父様、確認ですが、彼方はご存知なのですよね?」
「当主は知っておられるが、本人は知らぬ可能性が高い」
「左様でございますか。ならば、お伝え頂きたいのです。どうぞ、解消の手続きを終えてから、お伝え下さい、と。ですからデートの話もわたくしから手紙でお誘いします。解消されるまで……知られたくないのです。同情でデートされてもわたくしは嬉しいと思う反面、きっと嬉しくない。わたくしへの同情ではなく、婚約者として、デートをしてもらいたいので」
「……分かった。では当主にはそのように伝えておくから、好きなようにしてみなさい」
「ありがとうございます、お父様。我儘を聞いて下さって。お母様。デイドレスではなく、裕福な平民の友人が着ているワンピースが良いですわ。ドレスよりも動き易そうなので、何処に行くのも大丈夫そうですもの。折角なので王都内を散策してみたいのですの」
「そう。では、そうしましょうね」
***
お母様と共に選んだワンピースを着て。わたくしは手紙に記した日付と時刻と場所に佇んでいる。婚約者様……モンド様からの返信は頂けないまま、今日を迎え。それでも出会った時のモンド様のお優しさを信じて、王都内にある有名な公園の噴水前で待っていた。ーーもう、来ないだろう事は本当は理解している。1年中気候が変わらない暖かなこの国だから、待ち合わせ時刻から2時間が経過しても寒くは無い。
でも。
何故かしら。とても寒く感じるの。身体が震えて……いえ、寒いのでは無いのだわ。わたくしは、モンド様が来ない、と認めたくないのに、身体は認めているから震えているのよ。心と身体が違うのだもの。きっと身体が悲鳴を上げているのだわ。
太陽が緩やかに昇っていき真上に到達して緩やかに降っていくのを感じながらも、わたくしはずっと待ち続けていた。道行く人や他の待ち合わせの方達からずっと訝しげな表情を向けられる。隣には侍女と護衛が居て。彼らも待たせてしまっている事を申し訳なく思いながら、遅れているだけ、と思い込んでいたわたくし。結局侍女と護衛からの「もう来ないか、と」 という促しが有るまで、わたくしはそこに佇んでいました。
「さようなら、モンド様」
一雫の水滴が頬を伝う。
彼が日付を間違えた、とか。場所を間違えた、とか。そうやってわたくしは自分を惨めな女だ、と思わないように言い聞かせていたけれど。今日は違う。
わたくしが会える時間を取れるのは今日しか無かったから、わたくしが彼への手紙に間違った日付も場所も時刻も書く事は有り得なかった。下書きも取ってあるもの。
仮令彼が日付を間違えようと、場所を間違えようと、時刻を間違えようと。
もう、わたくしが彼に会う事は無い。
「最後にお伝えしたかったわ。貴方をお慕いしております、と」
我が家の馬車に乗り込む寸前、待ち合わせ場所だった噴水へ視線を向けて呟いたわたくしは、伯爵家への帰還中にモンド様と出会った時の事から今までを思い出していました。
***
わたくしとモンド様はモンド様が12歳。わたくしが10歳で婚約致しました。柔らかな髪は太陽の光でキラキラ光っていて、金色に見えました。実際は黄色味が有る茶色でしたが。焦茶の目が細くなって微笑みながらの自己紹介。とても素敵な人だ、と一目惚れしたものです。
それから穏やかにけれど親しく交流を深めていた。そう思っておりました。月に一度の婚約者同士のお茶会が何回か出来なかったとしても。それでも。政略関係のわたくしとモンド様は子どもだった事もあり、親しくなっていった、と思っていたのです。
ーー1年後、王城でのお茶会に招かれるまでは。
わたくしの家は伯爵家。跡取りのお兄様がいらっしゃるので、侯爵家嫡男のモンド様の家に嫁ぐ事に問題は有りませんでした。モンド様のご両親は一人息子のモンド様を優しく時に厳しく躾られていたようですが、モンド様はその期待に沿うお方にお見受け致しました。モンド様のご両親はわたくしを気に入って下さっていたように思います。
共同事業をモンド様の家とわたくしの家で立ち上げ、利益の分配等の観点から、わたくしとモンド様が婚約すると縁戚関係にあたるので、我が家やモンド様の侯爵家だけでなく、その親戚にも利が有るのです。特に、共同事業の立ち上げと共に、互いの領地の一部がその事業のために使用することから、その部分だけを国王陛下に奏上し吟味して判断して頂いた上で、新たな土地として誕生しました。
つまり、互いの領地の何割かが国から認められた新たな土地なのです。これは例えば我が伯爵家が管理するのも侯爵家が管理するのも軋轢が無いとも限らないため、敢えて新しい土地として認めて頂き、その土地を管理する者を結婚したわたくし達の第二子が担うのです。
わたくしとモンド様は子が生まれるまでの中継ぎみたいなもの。侯爵家嫡男のモンド様はやがて侯爵の爵位を継がれるお方ですし、第一子は跡取り(我が国では長子が跡取りですから、女性も継げます)ですから、第二子がその土地を管理するという決まりになりました。
この婚約はそういった政略的な関係です。
ですから、お互いに愛情が無くとも信頼や尊重が必要でした。
だから少なくとも、モンド様が穏やかに関係を築いて下さっていたので、いつかは、彼がわたくしを好いて下さるよう願ってもおりました。好きになってもらえずとも、この婚約が無くなる事など有り得なかったので、わたくしは油断していたのかも、しれません。
モンド様と婚約してから1年後の王城でのお茶会。男爵家以上の同年代の子息子女が招かれていました。
***
その日は、お身体の弱いと言われておりました王家のニーア王女殿下のお友達作りのためのお茶会でした。ニーア王女殿下は、モンド様と同い年。陛下の寵愛する側妃様の子。
我が国の王家は国王陛下並びに王妃陛下。それから王妃陛下がお産みになられた王太子殿下と第二王子殿下。それから第一王女殿下が第一側妃様との間におられ、ニーア王女殿下は第二側妃様との間の子です。
王妃“殿下”ではなく王妃“陛下”なのは、国王陛下に万一が有る時、その代わりを務められるようにという法律から、万一の時は国王陛下と同じ権限を持つ、と定められているからです。尚、王妃陛下は隣国の先王の王女殿下、つまり現在の隣国の国王陛下の妹に当たられる方でございました。第一側妃様は我が国に有る2つの公爵家のうちの1家から嫁がれておられます。
第一側妃様が側妃として召し上げられましたのは、王妃陛下が第二王子殿下をお産みになられた後、一時期危篤となられたから、なのです。万一王妃陛下に何か有れば、喪に服した後で新たな王妃を迎えるのに時間がかかる。その間に他国から介入されないとも限らない。そういった理由から早急に第一側妃様が召し上げられました。
尚、王妃陛下はその後持ち直して現在は元気ですし、第一側妃様のお召し上げにはご納得されまして、王妃陛下と第一側妃様の仲は良好とはいかずとも、それなりに良いようです。第一側妃様が王妃陛下を立てておられることも関係が有るのでしょう。
対し。
ニーア王女殿下の実母であらせられる第二側妃様は、国王陛下が未だ王太子殿下であらせられた頃、お忍びで参加されたとある貴族家の夜会で見初められてのお召し上げ。それがご自慢のようで、王妃陛下も第一側妃様も立てる事をしないお方のようで。関係は悪いのです。
そして、そんな第二側妃様と国王陛下に甘やかされて育ったのがニーア王女殿下。ニーア王女殿下が表向きお身体が弱いということにされているのは、国王陛下並びに第二側妃様に甘やかされたことから、我儘で“王族”という自覚が無い言動だという事で、公の場には出せないというのが貴族達には知られていました。
それでも今回のお茶会が開催されたのは。ニーア王女殿下がお友達を作りたい、と強請ったからだと耳に入っております。実際には会ったことが無い王女殿下ですから、噂程酷くないかもしれない。
そう暢気に思っておりました。
ですが。
始まって早々、まともな挨拶一つせず、わたくしの婚約者であるモンド様や公爵家の子女様や子息様達何名かとは、元から知り合いらしく、ずっとその何人かだけと会話ばかりで主催者は第二側妃様であらせられましたが、その第二側妃様が全くニーア王女殿下を注意もしなければ、第二側妃様もお茶会を恙無く進行する事が出来ず。
剰え、わたくしの目の前でモンド様の腕に腕を絡めて引っ張って行き、ずっとニーア王女殿下はベッタリとくっつかれておられ。あまりの酷さに王族で無ければ、真摯に訴えたところでしょう。
尚、公爵家の子息子女方、ニーア王女殿下と元からの知り合いだった皆さまがやんわりとニーア王女殿下並びにモンド様にご指摘頂けた事が救いでした。
……同時にわたくしは知ってしまったのです。
モンド様は、わたくしという婚約者が在りながら、わたくしとあれだけ穏やかな関係を築いて来た、と思わせていただけで。本当は穏やかに微笑みを浮かべるだけでなく、楽しそうに笑みを浮かべたり優しく目を細めたり不敬なはずなのに、王女殿下の髪が風で乱れたら自然に直したりする姿から、ニーア王女殿下に恋をされているのだ、と。
婚約者の前で不貞を働いている、と遠回しに公爵子息様や子女様に注意をされているのにも気付いておらず、それどころか不思議そうな顔で「いつものこと」 だと仰有り、わたくしのことはまるで居ないかのように、見向きもしない。居ないかのよう、ではなく、間違いなくモンド様の意識にはわたくしの存在は消えていたのでしょう。お茶会終了後に、ようやくわたくしを思い出したような表情で
「君も楽しめたかい?」
などと仰有りました。そこに罪悪感などこれっぽっちもなくて。わたくしがモンド様をお慕いしている事をご存知無いのは仕方ないにしても、政略的な関係だからとはいえ、あまりにも酷いと思うのです。
それでも、わたくしとモンド様の婚約が破棄される事も解消される事も白紙にされる事も無い、とわたくしは知っていました。
ですから、仮令、今はモンド様の気持ちがニーア王女殿下の元に有っても、わたくしと結婚して、わたくしを見てくれれば……と浅ましくも思ったものです。まだ11歳の娘ですもの。結婚には憧れが有りますし、そのように考えても可笑しくないでしょう。
そう思っておりましたのに。
***
そのお茶会から1年。わたくしは12歳。モンド様は14歳を迎えられました。この1年のモンド様との関係は、一応誕生日にプレゼントを送り合う、とか。手紙はわたくしが5回出したら1回は返信が来る、とか。交流を深めるお茶会も断られながらも続いている、とか。そんな感じでしたが。
この度、お父様とモンド様のお父様であられる侯爵様とが、国王陛下の登城要請に従い、登城致しましたところ、わたくしとモンド様の婚約解消が“王命”により決まってしまいました。
わたくし達の婚約の大切さは、国王陛下自らもご理解を賜っておりましたのに。
ですから、お父様も侯爵様も「恐れながら」 と国王陛下に婚約に関する契約内容を今一度と、申し上げたところで。国王という絶対的権力者がその権力を使ったのでございます。
曰く。
「モンドとの婚約は我が娘・ニーアが伯爵家へ養女に入り結び直す。これならば契約不履行にはなるまい?」
と。
つまり、ニーア王女殿下が我が家からモンド様の元へ嫁入りする、という事です。……わたくしの義姉として。
あまりにも身勝手な発言ですが、抗議出来ません。だってこの国は“王国”です。“国王陛下”は国の絶対的存在なのです。どれほど私欲の発言で有っても、断れません。いくら王妃陛下が“陛下”と敬われていても、“国王陛下”に万一が起きた時のスペアである以上、王妃陛下も止められません。
王妃陛下も第一側妃様もかなり反対していた、とお父様は教えて下さいました。国王陛下からの王命を受けた後で、その場を退いた後で王妃陛下と第一側妃様が直々にお父様と侯爵様に頭は下げなかったものの、謝罪を口にされたから、お父様はご存知なのだそうです。お二方に謝罪をされては、もうどうにもならない。お父様と侯爵様はそうして王城から帰られました。
そしてわたくしは王命による「婚約解消」 を受け入れました。それと引き換えに、モンド様と最初で最後のデートをお願いしたのですが……。結局、モンド様はいらっしゃって下さいませんでした。
ーーせめて、思い出だけでも欲しかったのですが。
モンド様はそれすらも与えて下さらなかったのですね。
***
王命によりモンド様との婚約解消。それからニーア王女殿下が我が伯爵家の養女になる手続きも速やかに行われた後。
だからと言って、ニーア王女殿下は我が伯爵家にはいらっしゃいません。だって、一伯爵家よりも王城の方が過ごしやすいに決まってますもの。第二側妃様もニーア王女殿下を離すつもりは有りませんし、国王陛下も同じですし。結婚式当日、王城から教会へ向かって侯爵家へ、モンド様の元へ嫁ぐのでしょう。要するに名前だけの存在です。
でも、この名前だけが大切で。侯爵家と我が伯爵家の家の関係が良好だ、という現れにもなるのです。つまり、契約不履行にはならない。
とことん、わたくし……カレドアという存在を蔑ろにして来ます。
もちろん、こんな不敬な事は口にしませんが。
そして。
更なる“王命”により、わたくしの存在も伯爵家の存在も、陛下は何とも思っていないのだな、と思ってしまいました。
曰く。
「カレドアを余の養女にして、2年後、隣国へ嫁がせる」
この王命を聞いて、ようやくこんなにも強引かつ急かされた理由を理解出来ました。
おそらく、国王陛下はニーア王女殿下を国内に留めておきたかったのでしょう。第二側妃様もそのつもりだったはずです。ですが、“王女殿下”が嫁げる身分の子息には軒並み婚約者が居ます。公爵家か侯爵家くらいですが、公爵家も侯爵家も数が少ないので、空きは無いのです。
となると国外です。
此処で問題になるのが、隣国です。王妃陛下の母国で、友好国。何代か前の国王陛下から互いの国で嫁がせたり娶ったりして来ました。今回、国王陛下は王妃陛下を娶られましたから、次の代は此方が王女殿下を嫁がせる番です。
可能性があるのは、第一王女殿下並びに第二王女殿下。第一王女殿下は、既に婚約者がおられて、侯爵家へ嫁がれています。この婚約は割と早くに決まっていましたし、既に第一王女殿下は昨年、ご結婚されました。ちなみに王太子殿下も第二王子殿下も第一王女殿下より前に結婚されています。王太子殿下に至っては、わたくしとモンド様の婚約前にご結婚されました。それに殿方なので結婚は出来ませんし、ね。
つまり、現在結婚どころか婚約者もおられないのが、第二王女殿下ことニーア王女殿下のみ。
国王陛下もさすがに甘やかしてばかりいたニーア王女殿下を隣国へ嫁がせられない、と解っていたのでしょう。いいえ、もっと前から解りきっていた事ですから、本当は隣国へ嫁ぐ事前提で、厳しくする必要が有りました。
でも、それをしなかった上に、甘やかしてばかりで隣国の事は見て見ぬフリ……いえ、ギリギリまで考えないようにしておられたのでしょう。でも、もうそろそろそんなわけにはいかなくなった。
それはきっと、第二側妃様とニーア王女殿下が絡まなければ、それなりに秀でていらっしゃる(賢王とは思いませんが)国王陛下ですから、逃げられない所に来た、とも思ったのでしょうし、王妃陛下からも諫言されていた事でしょう。ですが、ニーア王女殿下は国内に留めたい上に他国に輿入れ出来るような“王女”ではない。甘やかして来た自覚はお有りなのでしょうね。
そこで考えたのが、年齢は2歳年下ながら、見た目はニーア王女殿下と似た雰囲気のわたくしとの入れ替わり、という事でしょうか。あまりにもわたくしと伯爵家を蔑ろにされていて、もう嘲笑しか出て来ません。
でもこれも“王命”なのです。わたくしが王国の国民であり、貴族である以上、逆らえないのです。
隣国の王太子殿下はわたくしの1歳年上。直ぐに婚約しても2年後に嫁ぐ事は何もおかしくない事です。ニーア王女殿下は、表向きは病弱であまり公の場に出なかったので、わたくしが入れ替わって嫁いでも何の問題も無い、と思っておいでなのでしょう。
そして。
それが可能な位置に居た事は、わたくしの不幸なのかもしれません。
お父様・お母様・お兄様と使用人達が理不尽だ、と怒って下さる事だけが慰めでしょうか。
わたくしは王命には逆らえません、と家族と使用人達に別れを告げて、ひっそりと王城に向かいました。王族教育と隣国の知識を詰め込まれるためです。王族らしい仕草やマナーも学ばなくてはならないし、ダンスや普段の姿勢の矯正も有るでしょう。2年など、長いようで短い事でしょう。
「カレドア、ごめんなさいね」
王妃陛下に密かに招かれた先には、第一側妃様と王太子殿下と第二王子殿下と嫁がれて中々城に出入り出来ないはずの元第一王女殿下がおられました。そして、陛下と第二側妃を止められなかった事を王妃陛下に謝られました。尊い御身が謝る事では有りません。
「……良いのです、王妃陛下。わたくしは、モンド様……いえ、もうお名前を呼んではいけませんでしたね。ですが、今だけはお許しくださいませ」
王妃陛下が頷かれて許可を得てから続けます。
「わたくしはモンド様をお慕いしておりました。最初は優しかったお方でしたが、段々と婚約者らしい事が減っていきました。そして第二王女殿下のお友達を作る目的の、あのお茶会でモンド様は第二王女殿下の側にずっとおられました。あの時には気づいておりました。モンド様は殿下をお慕いされているのだろう、と。それでも政略的な婚約だから結婚すればわたくしを見て下さると思っておりましたが……。国王陛下からこのような命が下ったという事は、そんなわたくしの浅ましい願いは天にとって不愉快だった事なのでしょう」
この国は太陽や月や星といった空を見て信仰しています。空の状況によっては天意、というものを信じております。わたくしの願いは、浅ましい、と天意に反していたのでございましょう。
「カレドア……」
「王妃陛下。このような申し出は図々しく、不敬かとは思いますが、2年後には隣国へ嫁がなくてはなりませんので、隣国の事をご教授願いたいのです」
「分かりました。あなたの教育は、わたくしが自ら行います。それで償い、とは申しませんが。あなたの生きる糧にして下さい」
わたくしはカーテシーで、そのお言葉を賜りました。
「何か、望みはないか」
王太子殿下が仰有ります。
「わたくしが隣国へ嫁いだ後に、モンド様にお幸せに、とお伝え頂くことは可能でございましょうか」
「良いだろう。他には」
王太子殿下は、もっと自分自身について何か有るか、と尋ねられますが、これはもうどうしようもない、覆らない“王命”なのです。行きたくない、などと口が裂けても言えません。言えるとするならば。
「家族に……伯爵家に大きな事が起きました時は、公正な目で見て頂き、納得の出来る決断を」
「それはわたくしがこの身に賭けて受け入れましょう」
わたくしの願いは、王妃陛下が受けて下さるそうです。他は何もないので、わたくしは「もう何も」 とお応え致しました。
「本当ならば、わたくしかニーアが嫁ぐはずだったのに」
元第一王女殿下がポツリと溢されますが、わたくしは首を振りました。王命なのです。どうにもならない事なのです。国の主としては有り得ない判断ですが、1人の父親としての決断は、なんとなく解ります。わたくしだって家族と離れたくないですから。
「わたくしは。皆さまがご存知のように、曾祖母が王女殿下でございました。ですから、“王家”の血も入っております。そして……第二側妃様は、曾祖母が結婚した相手……曾祖父の愛人の孫娘です。皆さまがご存知のように、曾祖父の愛人も愛人の子であった第二側妃様のお母上も、曾祖父は囲っていたものの、我が伯爵家には入れませんでした。というか、さすがにそれは元王女だった曾祖母が許しませんでした。曾祖父も愛人は許容してくれた曾祖母には逆らえなかったのでしょう。
でも、曾祖父は愛人が産んだ娘のために、どうしても貴族にさせたくて当時の国王陛下に叙勲されて男爵に陞爵した方に無理やり嫁がせました。そうして産まれたのが、第二側妃様で。どんな因果か、国王陛下に第二側妃様は見初められました。
ですから、わたくしは第二側妃様にも、第二王女殿下にも似ていますから、入れ替わっても、問題無い、と国王陛下はお考えになられたのだと思います。わたくしは曾祖父に似ているらしく、お二方も曾祖父と同じ色を受け継いでおられます。曾祖父とも似ていらっしゃるのでしょうね。わたくしもお二方も同じ色味の薄い紫の髪と髪より濃いめながら赤みのある紫の目ですから。
第二王女殿下は、病弱でしたから公の場にあまり出られませんでしたから、隣国から文句は出ない、と思われたのでしょう。わたくしが少々幼く見えても誤差でございましょうし」
こんな事を言っているうちに、ふと気づいてしまいました。わたくしが第二王女殿下に似ているから、出会った頃のモンド様はわたくしに優しかったのでしょうか?
「でも、それは隣国を謀るのと同じ事。賢いあなたはそれに気づいているはず」
元第一王女殿下のお言葉に、わたくしはただ微笑みました。
そうです。一応“王族”の血が入っている、見た目は第二王女殿下に似たわたくし。でも、それは隣国を謀る事と同じこと。
彼方が気付かずとも、わたくしは初夜までには王太子殿下に打ち明けるつもりです。
謀った事の罪は、わたくしが贖えば良い。
国王陛下もそのつもりで、わたくしに入れ替わりを命じられたのでしょう。
「カレドア、あなた」
元第一王女殿下は目を見開き、王妃陛下・第一側妃様・王太子殿下・第二王子殿下をゆっくり見渡して、顔を青褪めさせて肩を震わせました。
ご聡明な元第一王女殿下は、お気付きになれたようです。わたくしが隣国へ嫁いだ暁には、罪を告白し、贖うつもりでいること。その贖いは、わたくしが決める事では有りません。結婚した時点で、わたくしの身柄は隣国の王太子殿下のものですから。
それが仮令どんな贖いでも。
それは最悪の事態による贖いになるかもしれない、と、わたくしが覚悟している事も、その覚悟を含めて、わたくしが隣国に罪を告白する事を、この場に居る皆さまがご理解していらっしゃる事に。
「それは本来ならお父様……いいえ、国王陛下の罪なのに」
元第一王女殿下の発言は、聞かなかった事にします。だってそれは国王陛下の命に不服を唱えるのと同じですから。母である第一側妃様がそっと窘められて、ハッとした元第一王女殿下。この場に居る皆さまは全員、聞かなかった事にするでしょう。それで良いのです。そうでなくては、国王陛下に対する謀叛とも捉えられますから。
「これから2年間、よろしくお願い致します、義母上様」
わたくしは王妃陛下にゆっくりと頭を下げました。
「そなたがここで口にした願いは、全て聞き入れましょう」
王妃陛下がそのように受け入れて下さいました。
ーー最後に伝えたかったです。モンド様、お幸せに、と。
ーー最後に伝えたかったです。お父様、お母様、お兄様、さようなら、今までお世話になりました。何事もなくお過ごし下さいませ、と。
それを王妃陛下がわたくしの代わりに伝えて下さるのであれば、わたくしはこの国に対して思い残しは有りません。未だ15歳では無かったので、学園に通っておりませんでしたから、親しい友人が居なかったのは、心残りになるのでしょうか。いいえ、親しい友人が居ない方が良かったかも、しれません。2年後でも14歳ですから、学園には通わないまま嫁ぐ事になるのでしょうね。
さぁ、わたくしはこれから養女とはいえ“王女”として2年を過ごし、隣国の王太子妃として嫁がなくてはなりません。時間は有限です。覚える事は沢山有ります。未練は捨てましょう。
ーー貰えなかった思い出も、叶わなかった初恋も、捨てる事に致しましょう。
(了)
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