Oh.lala...(オーラ・ラ)

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Oh.lala...(オーラ・ラ)

 ターゲットは、子供のような顔をした男だった。  名前はマコト・オカノ――岡野誠。  日本人の母と、素性、国籍不詳のアジア系の父親との間に生まれている。  5歳の時に母親が出生地フランスの国籍を申請した為、今のところは日仏の二重国籍だ。  住まいはパリ20区ベルヴィル。  中華街があり、アジア人が多く住む区域にあたる。  写真を見ると、年齢は21だというが、顔立ちはとてもそうは見えない。  あどけない、どこか間が抜けたように見える笑顔を浮かべていて、顔だけを見ていると、せいぜい14か、もっと下にも見える。  身体の方は肉体労働者のようなしっかりとした体格をしているので、どこかアンバランスだ。  けれど、それ以外は何の変哲も無い、どこにでもいるようなアジア人の青年。 「――子供を殺すのにわざわざ俺を雇うのか?」  クリスマス前の華やいだ街を背景にしたカフェテラスで、表情のない美貌の男が問う。 「その男は子供じゃないが……そういうことだ。事情は詮索しなくていい」  喧騒の中で、向かいに座っている相手の低い声がはっきりとそう告げた。 「分かった。――金をこちらの指定する口座に入金しておけ」  テーブルに差し出されたアジア人の写真を懐に入れ、雪白の肌をした殺し屋は静かに席を立った。 ※ ※ ※  どこの世界にも、どこの国にも、二種類の人間がいる。  人から言われたことを上手くこなせる器用な人間と、そうじゃなく、しょっちゅう怒られてばかりいる人間。  街中に転がる犬のフンを、上手く避けながら颯爽と歩ける人間と、靴を買ったばかりの時ほどそれを踏んでしまう人間……。  後者とはまさに、俺のことだ。  しかも自分のことも面倒見きれてないのに、何故か困ってる人を見ると放っておけないという、本当にどうしようもない性分。 「メルシー、本当にありがとねぇ。中国人ってのは親切なんだねぇ、見直したわよお」 「マダム、俺は中国人じゃなくて、日本人……」  自分の背中におぶさっている白人の小柄なおばあさんに、俺はなるべくゆっくりとしたフランス語で答えた。  おばあさんが俺を中国人と勘違いするのは仕方がないことだ。  俺の住むこの区画――ベルヴィルは、パリの中でもちょっと異色の街だ。  中国語の看板が立ち並び、中国人向けの巨大スーパーもある。  もちろんフランス人も住んでるけど、中国人、ベトナム人、アラブ人が集う、移民の町だ。  で、そんな街に一人暮らしの俺が見ず知らずのおばあさんを背負う事になってしまったきっかけは、今から遡ること数十分前。  パート勤務先に出勤する為、メトロの最寄駅の入り口に入ろうとして、俺はたまたま見てしまった。  赤信号をガン無視して、車がビュンビュン行き交う大通りをゆっくりと渡り始めた、おばあさんを……。  気がつけば俺は全速力で飛び出していて、彼女のボロボロの赤いショールをはっしと掴んでいた。  白髪のもつれた髪をしたおばあさんは最初は俺を泥棒かなにかと勘違いしたらしい。目を丸くし、杖を振って怒りだした。  そしてあまりに暴れたものだから腰をやられてしまったらしく、急にうずくまってしまい――。  その後なだめすかして俺が泥棒でないことを説明し、何とか背中におぶさって貰って今に至る。 「日本? 日本って中国のどこだい」 「あはは……東の方だよ」 「へえ、なるほどね。ところであんた、中学校(コレージュ)は今日は休みなのかい」 「俺は大学生だよ、21なんだ」 「――オーラ・ラ……」  フランス人馴染みの感嘆詞を口にして、おばあさんは絶句してしまった。  この国ではアジア人はやたら若く見られるもので、今まで21年間生きてて何回、この類のやり取りをしたか分からない。  中国人だと思われるのもしょっちゅうというか、むしろそれが普通だ。  一応国籍上は、この国……フランスも俺の故郷なんだけど。  既に諦めも入りつつ、俺はおばあさんをおぶったまま、彼女の住むアパルトマンの前まで来た。  壁の漆喰がボロボロに剥がれ、更に上からスプレー缶で落書きされまくっている、三階建ての低層の建物だ。  部屋番号を聞き出し、家の人をインターホンで呼んでから、彼女の体を地面に下ろす。 「ここで大丈夫?」 「あぁ、大丈夫さ。あんたは本当にいい子だねぼうや。……この先素晴らしい幸運がありますように」 「ありがとう。車には本当に気を付けてね。寒いから暖かくして」  白い息を吐きながらおばあさんに笑顔で手を振った。  街はすっかりオレンジ色の夕日に染まっている。  彼女を背負いやすいようにお腹側にしていた蛍光緑のリュックを背負い直しながら、俺は腕時計の盤面を見た。  午後四時半……。 「ちっ、遅刻……っ! 仕事に遅刻する!!」  まっ、まずい~~っ!  俺、ただでさえ店長から目を付けられているのに……!  スリとか、泥棒の他は滅多に走る人なんて居ない、悠然としたパリの下町――その通りを、俺は相当に悪目立ちしつつ、全速力で駆け抜けていった。
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