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1.
8月初旬の晴れた夜空を、光の花が眩く彩った。
小菊のような花火が、暗闇の只中に幾つも打ち上がる。
川の対岸から打ち上がっているのだ。小菊と言ってみたものの、きっと実際はわたしが思うよりずっと大きいのだろう。
色とりどりの光は連鎖するように次々と花開き、真っ暗な空を文字通りに埋め尽くしてゆく。それらは、この街を東西に隔てる龍神川の川面に映る。辺りは一瞬、今が夜であることを忘れるほど煌めいた。
赤、オレンジ、黄、青、紫、緑、白、それから――。
原理自体は、中学の理科の時間に習った炎色反応で説明出来る。けれど、今はそんなことを言うのは野暮でしかない。
一瞬、本当に何もかも忘れて、眼前で繰り広げられる光景に釘付けになった。
「わぁ……!」
右隣に座る猫塚くんが感嘆の声を上げるのが聞こえた。青灰色の毛並みによく映える金色の目は、今は夜空と川面をカンバスに描かれた巨大な絵に夢中になっている。童心に返ったような表情は、記憶している範囲では職場で見せたことはなかった筈。
4ヶ月あまり一緒に働いてきた後輩が初めて見せる表情に少しばかり驚いていたところを、左隣からチョイチョイと突かれて我に返った。柴本だ。
「な、スゲェだろ? へへ、特等席を用意した甲斐があったぜ」
誇らしげな声音で耳打ちするのに、そうだねと小さく返す。
この犬獣人のルームメイトと言い争いをして家を飛び出したのは数日前。それから今日に至るまでロクに話をしていない。
けれども、言い争っていたことも、その発端となった出来事も、今となっては全てがどうでもよく思えた。
「さすが2年ぶりってだけあって、向こう岸の連中、今年は気合い入ってンなぁ! 敵ながらあっぱれ、ってな。そういや那由多は河都の花火大会、初めてだったか。悪くねぇだろ?」
花火よりも何より、屈託なく笑う顔と楽しげな声に、わたしは心底から安堵し、頷いた。
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