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2.
旧暦の七夕を祝い、8月最初の土曜日に開催される龍神川の花火大会は、西側と東側それぞれの岸辺の対抗で行われる。さっきの大仕掛けが西側のクライマックスで、もう少し経てば東側の番が始まる予定だ。
眩いばかりの光が消えて、夜空と川面には再び暗闇が訪れた。同時に、忘れていたかった後ろめたさが心に忍び寄るように戻ってきた。
わたしだけが一方的に悪かったのではない……と思いたいが、だから謝らなくて良いという話にはならない。
どう切り出せば良いか分からず口をつぐんでいると、向こうは別のことに勘違いしたようで
「……もしかして、つまんなかった?」
明らかにがっかりしたような声に、違うよ、そうじゃないよと慌てて返す。わたしと柴本、それとわたしの勤め先の後輩である猫塚遍理くんが今いる場所は特等席で、チケットを手に入れるのは普通では難しいのだと話に聞いている。
柴本とルームシェアを始めてからほぼ1年。その仕事の性質上、この同居人の顔の広さについて何となく分かってきたが、今でも全てを把握している訳ではない。
柴本光義は便利屋だ。人々の頼み事を聞いては有償で引き受け、解決してゆく。
今回、わたしたち3人が見晴らしの良い見物席の一角を陣取ることが出来ているのは、日頃からあらゆる人々と関わり、信頼を勝ち得ている賜物であることは疑いようがない。
「ねぇ、楽しんでる?」
勿論と答えるわたしの肩の辺りに、赤茶の毛並みに覆われた顔が乗っかる。黒く濡れ光る鼻先が頬のすぐ側に擦りそうになる位置に来た。
もぞもぞと動くたび、ノースリーブのシャツから覗く自前の毛皮がちくちくと当たって擦れてくすぐったい。
獣人のなかでも彼ら犬狼族は人懐っこいというか、馴れ馴れしい性格の者が少なくないと言われている。この同居人は、特にその傾向が強いらしい。ルームシェアを始めてから1年と少しが過ぎるうちに、この距離感が当たり前になってしまった。なくなれば、間違いなく寂しく思うだろう。
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