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6.
そうして昼休みを待って、猫塚くんは柴本に通話することにした。
社内で通話して誰かに聞かれるのは不味いと判断し、昼食を食べに行くフリをして外に出た。
すぐに外に出たことを後悔したという。
雲ひとつない8月初旬、最高気温は35℃。ビルもアスファルトも太陽の恵みにこんがり炙られ、街はさながら巨大なオーブンのようだった。
おまけに猫塚くんの毛並みは効率よく熱と光を集めそうな色である。だが、同時にこれは誰かに聞かれない絶好のチャンスと捉え、ポケットから端末を取り出した。
8コール目くらいで、柴本が電話に出た。
『お電話どうも。こちら、便利屋シバモトです』
口調は丁寧とは言えないが、愛想の良いトーン。
「あの、えっと――」
「はい」
暑さで頭がぼんやりとする中、湿気と熱を帯びた空気を吸い込み、猫塚くんは言葉を続けた。
「鴻那由多さんとご同居の方ですね?」
少しの間、端末の向こうで沈黙があった。数回の呼吸音。その後
「アンタ誰だ?」
人当たりの良い声は一転して、不機嫌そうな声に変わった。あきらかに暴力慣れしたようなドスの利いた声音に圧されそうになるも、どうにか息を整えて言葉を続けた。
「職場の後輩で、猫塚といいます」
「ああ。話は那由多から聞いてるよ」
端末越しの声が、人当たりの良さそうなトーンに戻った。
だが、自分は苗字でしか呼んだことのない先輩の名を相手は名前で、しかも呼び捨て。なんだか苛立つ猫塚くんに、しかし柴本は気付いた様子もなく続けた。
「それで、那由多は――まぁ、元気なんだな」
「どうして分かるんですか?」
何も言わないうちから、勝手に知った風なことを言う相手に苛立ちは更に増した。それで、つい言葉に感情が乗ってしまった。
「何かあったら、そんな調子で電話かけて来たりしねぇだろ。鼻が利かなくたってそれくら分からぁ」
端末の向こう、馴れ馴れしくぞんざいな口調の男に、猫塚くんは敵意を抱いた。
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