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彼を愛した前夜祭2
サークル棟の最奥には、使用されていない部室がある。
俺とアヤさんはしょっちゅう、そこで空き時間を潰したり、中身のない会話を楽しんだりしていた。
明るい思い出の詰まったその空間が取調室のように見えてしまうのは、青白い顔で俯くアヤさんの所為だろうか。
長机に腰掛けた彼は、何か言いたそうに口を動かすも、直ぐに閉じてしまう。
いつも通りアヤさんの隣に座ったのはいいが、俺もまた切り出す言葉が見つからない。
さてどうするかと窓の外へ視線を投げた時、アヤさんは意を決したように、あのね、と語り始めた。
「彼女がいないのは、ほんと」
「うん」
「俺の恋人は、その……おとこ、だから……」
「……そっか、」
絞り出した返事は当たり障りのない、つまらないもの。
当然である。
それは一番聞きたくて、一番聞きたくなかった言葉だったのだ。
女相手なら笑って諦められたのだろうが、同じ男は——正直きつい。
きつくはあるが、痛く苦しいものではない。
すっかり俯いてしまった可愛い人の頭を優しく撫でて、顔を上げるよう促す。
「そんな泣きそうな顔しないでよ。俺、偏見とかないからさ」
——ある筈など無い。俺の好きな相手は隣に座る彼なのだから。
それにこれは大収穫である。
同性愛への抵抗という最大の壁が消えたのだ。
今付き合っている相手が男なら、俺にだってチャンスはある。
恐る恐るといった様子で顔を上げる彼へ向かって、今出来る最大限に柔らかい笑みを作り、
「愚痴でも何でも言ってよ。今まで気楽に相談出来る相手なんていなかったんじゃない? 俺でよければいつでもどうぞ」
戯けた調子で下心満載な予防線を張る。
新鮮な情報が必要だ。
彼がフリーになった時、また他の誰かに引っ攫われないように。
知らぬところで、汚されぬように。
邪な思いをふんだんに練り込んだ甘言。
けれど他人を信じたがる優しい彼は、嬉しそうにふにゃりと笑って頷いた。
彼が好きだと叫ぶ心が一つ、死んだ気がした。
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