彼を愛した前夜祭5

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彼を愛した前夜祭5

 足下が見えないほどキャンパスは人で溢れている。  学園祭当日。俺は人混みを嫌い、サークル塔の一室で呆と空を眺めていた。  せっせと準備に励んだ俺は当日の手伝い免除されているため、一人だらけていても角が立たない。  時間を自由に使える事が、今日に限っては嬉しいやら悲しいやらである。  昨夜は結局、彼がもう帰りたいと音を上げるまで抱き締めていた。  最初で最後だから、と欲張り過ぎたかもしれないが、アヤさんの表情から察するに嫌われてはいないだろう。  「ほんと無防備っていうか、人が好過ぎるっていうか……」  抱き締めるだけ、なんていつでも反故にできてしまうほど薄い言葉なのに。  他人を信じたがる優しい彼は、俺の科白を鵜呑みにして身体を預けてくれた。  喜ばしい反応である筈なのに寂しく感じてしまった俺は、絶望的に心が狭いと思う。  放っておけない人の好さに惚れたくせに——。  「周りを我儘にするのも魅力のうちってか」  優しい蟻地獄みたいだな、と失礼なことを考えた自分を鼻で笑う。  飛び込んだのは俺だ、アヤさんの所為にするのは違うだろう。  そんな彼とは明日まで別行動の予定。卒業を控えた最後の学園祭なのだから、一日くらいは仕方がない。  「今頃、彼氏とデート中かな……」  自分で呟いて、一層心が抉られた。  男がアリなら俺でもいいじゃん、なんて思う自分が卑屈過ぎてむかつく。  アヤさんは男狂いの変態じゃない。雑に括るのは違うだろ。  本人もそう言っていた。好きになった相手が偶々男だったのだと。  口は悪いが甘やかし上手な優しい人……だったか。  背丈はアヤさんと頭一つ分の差があり、常に眉間に皺を寄せている仏頂面。  偽悪的な態度を取りがちだが、お人好しで手先が器用。ついでに料理も出来るそう。  何より、アヤさんが好きだとストレートに伝える情熱家。  「うーわ、めっちゃ覚えてるし。意識し過ぎだろ……」  思わず抱えてしまった頭の中を回り続ける、とある男の人物像。  顔どころか名前すら知らない恋敵。  いや、恋敵などと呼ぶのも烏滸がましい。  俺が一方的に好いた挙句、妬いているだけだ。  恋人さんは俺の二個上らしいが、どうやってアヤさんを口説き落としたのだろう。  あれか、恥ずかしげもなく囁く愛の言葉が良かったのか。  悔しいが、ヘタレな俺には取れぬ手段である。  本日幾度目かも知れない溜息をつくと同時に、腹が鳴った。  時計を見れば丁度昼前。結構な時間、一人で悄気ていたようだ。  ぐう、と再び主張してくる腹を摩る。  失恋しても腹は減るらしい。  別れちゃった所為で食欲出なーい、なんてきゃぴきゃぴ言っていた女学生の言葉は、俺には当て嵌まらないみたいだ。  何もやる気が起きないけれど、まあ大した距離じゃないし、と根を張る足を叱咤して屋台村へ向かった。
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