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2.夏の出来事(匡太)
「おーい! 匡太、
すぐに川から上がれーー」
杉林を挟んだ土手の上で、爺ちゃんが何かを叫んでいるけど、夏本番の蝉の鳴き声と川音に掻き消されて良く聞こえない。
「爺ちゃん聞こえないよ、なにーー!」
「川上で大雨が降っとるんじゃ、危ないぞー」
顔を上げて上流の方角に目を遣ると、真っ黒い雲に覆われて稲光りが走っていた。
雨?
爺ちゃんが言おうとしている事を頭が理解したその直後、
「匡ちゃん‼︎ 助けてー!」
俺を呼ぶ声に振り返ると、急に水かさが増した川の流れに、中洲に取り残された茜音がパニック状態になっていた。
川の水は既に彼女の足元まで迫っていて、中洲の大きさも半分くらいに小さくなっている。
水の流れも速くなり、岩にぶつかる水流に白波が立ち始めていた。
俺はその時まで魚釣りの仕掛けをセッティングするのに夢中で周りを全く見ていなかった。
このままだと水の量が更に増えて岸には渡れないし中洲に留まっては流される危険がある。
川岸には、翔真がどうして良いか分からず右往左往している。
「あかねー! 俺が絶対に掴まえるから勇気をだして川を渡れ!」
他に方法はないはずだ、
無理をしてでも早めに川を渡らなければ危険が増すばかりだ。
小さい時から近所で一緒に育った彼女は、俺の事を信頼している。俺の顔を遠目にジッと見てやがて頷くと、恐怖心に打ち勝って勇気を出して川に入った、水深はまだそれほどでもないが、水の流れが速すぎて直ぐに脚を掬われてしまう。
絶対に俺が助けるから、
泳ぎには自信があった、
子供の頃から何度もこの川で泳いできたから、川の深さも流れの速さも頭の中に入っている。
走りながら上着を脱いで川に飛び込んだ。
水かさは一段と増していた、流れも速い、
つい先程まで川底が綺麗に見えていた清流は濁り始めて木の葉や小枝も混じり出していた。
流された茜音との距離はたかだか10メートルばかりだけど、流れが速くて思い通りに近づけなかった。
やっとの思いで追いついて、茜音の腕を捕まえる、左腕で抱きかかえて顔に水が掛からないように必死に後頭部を持ち上げた、
それでも容赦なく茜音の顔を水飛沫が跳ねる。
「匡ちゃん、苦しい……」
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