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 当たり前だが、柏木を簡単に見つけることなどできなかった。なにせ、すごい人ごみである。どちらかというと俺は運が悪いほうだ。おそらく何百分の一であろう確率を、楽に引き当てることなどできない。  人という人をすり抜けながら、俺は祭りの夜を歩き続けた。いくら歩いても不思議と疲れは感じないし、夏の夜の暑苦しい空気も気にならない。そういえば台風よ、どこへいった。  屋台が並ぶ長い石段を登りきると、広場のような場所にでた。神社の建物があるこの場所が、風鈴祭りのメイン会場だ。   千を超えるらしい色とりどりの風鈴が、広場いっぱいに吊るされている。風鈴の間には、いくつもの裸電球が等間隔で並べられている。そのじんわりとした灯りと涼しげな風鈴の音に、なんともいえない趣き深さを感じる。風鈴の下をくぐる人たちが、「バエル」と言いながら、写真を撮っている。バエルってなんだ。  風鈴にくくられた短冊には、見知らぬ誰かの願いが記されていた。俺は立ち止まり、なんとなく何枚かの短冊の内容を読んでみる。 『絶対合格』 『宝くじが当たりますように』 『もう一度あの人に会えますように』 『○○くんと両思いになれますように』 『世界から戦争がなくなりますように』  自分の欲望丸出しのものもあれば、世界平和を祈るようなものまである。バリエーションに富んだ願いたちだ。たしか、これらの短冊は事前に神社で配られていて、無記名が条件ではあるが誰にでも応募することができたはずだった。  俺も願いを書けばよかったかな。柏木と付き合えますように、とか。そう思ってなんとなく風鈴に手を伸ばしてみると、その先に吊るされた電球がぱちぱちとまたたいた。  とにかく、柏木が祭りにいるとしたら、遅かれ早かれこの風鈴を見に来るはずだ。そう考えた俺は、しばらくこの場所に留まることにした。  一人佇んだまま、通り過ぎていく人波を眺め続ける。よそ見をして、通りがかった柏木を見逃すわけにはいかない。当たり前だが、みな俺のことなど気にも留めず、風鈴の美しさや連れとの会話に夢中になっている。意外なことに、見知った顔に出くわすことはなかった。もちろん、同級生の一人や二人に出会ってしまうリスクも考えてはいた。一人でいることをからかわれたらどんな言い訳をしようかと思っていたが、心配する必要はなかったようだ。  ふと、人ごみの中で泣いている少女に気がついた。幼稚園にあがったばかりくらいの年頃だろうか。ひまわり柄の浴衣を着たその少女は、一人きりでぐすぐすと鼻をすすっていた。  俺は少女に近づいて、「大丈夫か」と声をかけた。しかし、少女は泣きじゃくるばかりで話にならない。どうしようかと頭をかいていると、少女が独り言のように言った。 「光らなくなっちゃった……」  少女の手元には透明なうちわが握られていた。もしかしたら、このうちわは光るおもちゃのようなものなのかもしれない。たぶん、電池が切れてしまったのだろう。この少女は迷子になって泣いているのではなく、お気に入りのおもちゃが光らなくなって、悲しんでいるのだ。  はて、どうしたものか。都合よく電池を持ち合わせているわけがない。しかしなんとかしてあげたいなと思った俺は、とりあえずうちわに手を伸ばし、光ってくれ、と念じてみた。すると不思議なことが起こった。指先にしびれるような感触が走り、そのうちわに光が戻ったのだ。 「――あっ、光った」  少女が声をあげた。そして、虹色に光るうちわをかかげて笑った。  俺はその姿を見つめながら、これはどういうことだろうと考えた。しびれがのこる指先がうずいて、なにかを思い出せと言われている気がした。 「あ、ママーっ」  少女が言った。ほどなくして、「ああ、よかった」と言いながら、一人の女性が駆け寄ってきた。  柏木だった。  やっと見つけた、と俺は思った。そして同時に、すべてを思い出した。  確かにこの夜に、彼女はいた。だけど、俺はここに存在しないのだ。  きっと何年も前――チョコバナナを食べようねと言っていたあの祭りの夜に、俺は死んでしまったのだから。
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