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5月の半ば。
桜ももう散って、青い葉が見え始める。門の傍にある桜の木の下には赤コーンが置かれ「毛虫に注意」と書かれた張り紙がされていた。
「明日香ー! おはよー!」
「わっ! もー……咲綾、朝からめちゃくちゃ元気じゃん。」
自分から飛びついておいて、そうかなー? と笑う咲綾と、一緒に笑い合いながら門を通り抜け、昇降口へ向かう。
咲綾は同じダンス部であり、2年生でも同じA組になることが出来た大親友だ。
「そういえば、この前立て続けにコンサートとか撮影とか入ってたらしいけど、お父さんとお母さん、元気なの?」
咲綾の言葉に、思わず苦笑する。
「めっちゃ元気、びっくりするぐらい元気。手話で会話してるから音無いじゃん? なのに煩く感じるんだよね。前より元気になってる気がすんの。何でだろ。」
「いや私より体力化け物じゃん、凄いなぁ。私もその体力欲しい。」
難聴のピアニストである父と、難聴のカメラマンである母を持つ自分。
物心ついた時から手話を覚え、音の響きや発音などは全部テレビやラジオ、そして保育園などで学んだ。
音が聴こえなくても、ちゃんとダンスのステージは見に来てくれるし、勉強は分からない所があると伝えれば、色々と駆使して教えてくれる。
両親の声は聴いたこと無い上に、両親に自分の声を聴かせてあげられることは無いけど、手話と表情で会話する日常が、自分にとって「普通」だった。
父が弾く姿も、母が撮った写真で埋め尽くされた写真集も、何もかも大好きだった。
「他の家とは違う」という言葉が重かった時期もあるけど、今はもう大丈夫だ。咲綾もいる。自分の居場所はちゃんとある。
「明日香ー? 置いてくよー?」
「わっ、待って!」
慌てて見上げていた、もう桃色など消え失せた桜の木から目を離すと、咲綾の元へ駆け出していった。
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