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「へぇ、兄貴がいるんだ。」
佐久真と教室に戻るや、音楽室を出てから様子がおかしい、と言われ、慌てて弁明して、今に至る。
「顔も知らないけど、名前だけは知ってる。」
「え? なんで?」
目を伏せる。まだ、過去は言いたくない。その思いを悟ったのか、佐久真が口を開く。
「まぁ、話したくねぇなら無理強いはしない。んじゃ、兄貴の名前は?」
事情を知る咲綾と、目を合わせる。言いなよ、とジェスチャーで言ってくれた咲綾に頷き、佐久真と向き直った。
「サクマ……」
「へ?」
「あ、違う、羽森くんじゃないよ。サクマって名前なんだ、お兄ちゃん。」
何も知らない兄。顔も声も知らない。漢字も知らない。
ただ……あの日、自分の傍にあった手紙に、拙い字で「いもうとをよろしくおねがいします こいつのあにき・さくま」と書かれていたと、大きくなってから教えてもらった。だから、名前だけを知っている。
共に置かれていた小さなノートには、自分の下の名前、誕生日、性別、血液型、障害や持病の有無だけが記され、他は何も無かったのだという。
自分は、親の顔も知らない。今の親は、義理の親……5歳の時から共に暮らす、耳の聞こえない養父と養母。
愛されている自覚はあるし、文句を言うつもりも無いが……自分が知る本当の家族は、兄の存在とその名前だけ。
高校二年生となった今は軽く思い出す程度だが……やはり周りと違うという思いは消えない。
兄に会いたい、という思いは、日に日に強まる一方だった。
「俺と同じ名前の兄貴、かぁ。お前可愛いし、似ていたらめっちゃイケメンだろうな。」
国宝級のイケメンから唐突に飛び出した爆弾発言に、思わず顔を赤らめ、何言ってんの!? と叫んでしまった。
咲綾がニヤついていたのは気のせいだと思っておこう。
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