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夜闇の様な髪を梳いた。
合わされた唇から吐息が漏れる。
その行為を止める事はとても名残惜しいが、お互いに時間が邪魔をした。
「たまには屋敷においで」
「それだけは嫌だ」
白い睫毛が揺れる。
残念。とだけ残して、月の様な男は裏口から帰った。
3.再会する鳥と一目惚れする鳥
右脹脛の皮膚に針が入ってくる。
その職人の腕が良いとはいえ、痛みが無いわけではなかった。
ミオは冷や汗をかきつつ下唇を噛み、声を出さない様に耐えながら、伏せ気味の白い睫毛を見ていた。
「なんで、人は刺青なんて挿れるんだろうな」
彫師の発言とは思えず、ミオは、は?と漏らす。
「…なんででしょうね」
考えたが答えは出なかった。
メジロは呆れの溜息を吐く。
「貴方はなんで挿れるんです?」
「痛いのが気持ち良いからだよ」
「どマゾ」
「知ってるくせに」
二人は、そんな罵倒混じりの会話が出来る仲だった。
シェアハウスの大家と住人。
それだけの仲にしては"仲が良過ぎる"のだが、別に恋愛感情は無かった。
脹脛に蛇の鱗が描かれる。
切りのいい所で針を上げられた瞬間、カランと音がした。
それは入り口のドアの鳴き声だ。はい、とメジロは返事をし、施術室から出ていった。
メジロの歓喜の声が聞こえる。何だろう、とミオはドアの先を覗き込んだ。
そこにはハグをしあう男達が見えた。渋緑の春鳥の背中に腕を回しているのは、黒と茶色の髪を上げた、朱い眼の、まるで猛禽類の様な男だった。
「久しぶりだな、メジロ」
「ヨリタカも元気そうだな」
頬に刺青の入った、お世辞にもカタギには見えない男とメジロはとても仲が良さそうだ。
どういう関係なのだろう、と気にはなったが、それを詮索するのも野暮だろう。
ヨリタカと呼ばれた男はミオに気付き、会釈をしてきた。
「先客が居たのか」
ミオも頭を下げる。
「いえ、私は帰ります」
それだけ言いそそくさと店を出た。
秋の風がミオを冷やす。
緋い眼を左に移すと、男が壁に寄りかかっていた。
水銀の様な流れる長髪に、気怠げな空色の眼の男だ。
その神秘的に見える姿に、ミオは釘付けになった。
水銀は会釈をしてくる。
ミオも微笑んでこくりと返した。
少し痛む右脹脛を庇いながら、ミオは灰色荘に帰る。
帰り際すれ違う時にチラ見したメジロが暗い表情だったのが、少し気になった。
「…と、私は彼に一目惚れしたのです」
その話を聞いて三人は、へえ〜〜〜〜〜〜〜〜と声を揃えた。
「って、ヨリタカ…?」
サファイアの眼に散りばめられた星が煌めく。
「その人、背が高くて赤眼だった?」
その少年に言われ、ミオは頷いた。
「ああ、その人銀鷹組の頭だよ。銀小路ヨリタカ」
梅酒の入ったグラスを傾けながら小さな夜空は言う。
銀鷹組…と三人は声を揃えて呟いた。
あまり縁の無い集団では有るが、流石にその存在は知っている。
メジロは、そんな人間と仲が良いのか。
「ていうか、なんでそんな事知ってるんですか?」
ミオは真っ当な疑問を投げかけた。
「夜の綺麗な蝶々のお姉さんに聞いた」
そう言って指をVにする少年の名は、西岡アユムという。
ユウリの後輩にあたる存在で、中学一年生に見合う幼い顔をしていた。
サファイアの中に星を散りばめた眼と、白金の髪。
まさに美少年という顔立ちだ。
そんな彼は、怪しい"小遣い稼ぎ"をしている。
その副業の詳細までは知らないが、"ちょっとした情報屋"と彼は自称していた。
「では、あの水銀さんの名前も知っているんですか?」
そうミオが聞くと、アユムはにやりと右手の親指と人差し指をくっつける。
「ちょっと高いよ?」
「金取るならいいです」
そのやり取りにユウリは苦笑した。
「ユウリ、今日はもうおしまい」
隣に居たアキノがその手のグラスを奪い盗ると、ええ〜、とユウリは不満を言う。
「元々酒はドクターストップかかってるだろ」
「アキノはいっつも呑んでんじゃん」
「俺は不良だからいいの」
よくはないです。とミオはツッコむが、その行為を止める事はさらさら無かった。
「だって西岡の梅酒凄い美味いんだもん」
物欲しそうなアメジストの視線にアユムはありがとうと言う。
アユムの祖父母は梅農家で、定期的に梅を貰っていた。
この梅酒はその梅を使った物だ。良い梅を使うからとても美味しい。
その梅酒を“お土産”に、アユムは”小遣い稼ぎの副業“をしていた。
そんな呑み会の中、アキノのスマホが鳴く。
反射で赤い眼を落とすと、アキノは、えっ、と呟いた。
どうした?とユウリが聞く。
「…相沢からLINE」
アキノがその名前を言うと、相沢?と三人は声を揃えた。
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